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第62話 吐露 3

   すっかり夕闇に包まれた小宮殿は、薔薇の香りだけが漂っている。ごく近くにいなければ、お互いの顔もはっきりとは見えなくなっていた。  空には明るい星々が少しずつきらめいている。もうすぐ夜の帳が降りて、小宮殿は閉ざされるだろう。  私はヴァンテルから離れて、上着と靴を手に取った。裸足の足は、すっかり冷え切っている。薄闇の中に、自分の足がぼんやりと白く浮かび上がった。ヴァンテルがそっと目を逸らしたので、にわかに恥ずかしさでいっぱいになる。  慌てて靴を履き、上着を纏うと、少し体が温かくなった。いつのまにか冷えていたのかもしれない。  芝生の上の本を手に取ると、ヴァンテルが、私の体をひょいと抱え上げた。 「クリス、自分で歩けるから! 下ろして!!」 「冷えてきましたし、足元はだいぶ見えにくくなっています。危ないですから、このまま部屋に戻りましょう」   「行きも帰りもこんな格好じゃ、あまりにも情けない⋯⋯」 「⋯⋯ライエンも、アルベルト様を腕に抱きかかえてきたのでしょう?」 「えっ⋯⋯。まあ、そうだけど」 「騎士たちが報告してきました。私もこのまま、アルベルト様を部屋までお送りします」  ⋯⋯何故、そうなるんだ?  ライエン同様、ヴァンテルも人の話を少しも聞こうとはしてくれなかった。  暗くなった王宮までの道は、昼間とは違って少し怖い。ヴァンテルが立ち止まり、耳元で囁く。 「⋯⋯もう少し、しっかり掴まってくださると嬉しいのですが」  甘さを秘めた声に、動悸が激しくなる。仕方なく、首に手を回して少し力を籠めると、髪に口づけられた。  頬が、かっと熱くなる。首筋に顔を寄せたままでうつむけば、少しも動悸は治まらない。暗くなって良かったと思いながら、人肌の温かさを感じ続けていた。 「そして、レーフェルトにお戻りになると仰るのですか! こんな悪党の言い成りになって!!」  叔父の声が、部屋に響き渡る。  ヴァンテルは、顔色も変えずに黙ったままだ。  王宮の部屋に戻った私を待ちかねていたのは、レビンと叔父だった。  二人は、ヴァンテルに抱きかかえられて戻った私に、言葉をなくした。  私は長椅子に腰かけ、目の前で怒り心頭な叔父の話を聞いている。  ヴァンテルは私達から距離を取って立ち、レビンに至っては、部屋の隅で彫像のようになっていた。 「叔父上。悪党ってことはないと思うのですが⋯⋯」 「よろしいですか、可愛いアルベルト殿下。人を簡単に騙し、うまいことを言って丸め込もうとする者を悪党と言うのです。宮中伯なぞ、悪党の巣窟ですよ。筆頭は、言わばその統領ですからね」  叔父は冷たく言葉を吐き捨て、ヴァンテルを睨みつけた。 「⋯⋯クリスとは、小宮殿で色々話しました。叔父上、私は単に言い成りになるのではありません。自分の意志で、凍宮に戻ろうと思います。この十七年間というもの、私は自分の病のことすら、ろくに知らなかった」  そう言った途端、叔父の顔色が変わった。

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