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第63話 吐露 4

「病? まさか、殿下! 何の話をお聞きになったのです?」 「父上と私が、同じ病だと。元々王族に伝わるもので、長くは生きられないと聞きました」  叔父は即座に椅子から立ち上がり、ヴァンテルの元に、つかつかと歩み寄った。  そして、次の瞬間、渾身の力を込めてヴァンテルの頬を打った。 「⋯⋯ッ!」 「叔父上!!」  ヴァンテルは、よろけそうになったところを踏みとどまり、黙ったまま頭を垂れる。  口の端から、赤いものが、ぽたぽたと床に落ちた。  叔父は、更にヴァンテルの胸倉に掴みかかる。私は長椅子から走って、叔父の手に縋りついた。 「叔父上! 止めて!!」 「⋯⋯離しなさい、殿下。こんな痴れ者は、一回殴ったぐらいでは、とても足りません」 「だめです! どうか、お静まりを!!」  叔父は大きく息を吐く。 「答えよ、クリストフ・ヴァンテル! 其方の罪をわかっているのか?」 「⋯⋯王家の秘匿すべき事実を明かしました」 「罪はそれだけではない。⋯⋯殿下のお気持ちを考慮した上で、敢えてお伝えしたのか?」 「いいえ。くだらぬ我欲に走って、浅慮のままにお伝え申し上げました」 「⋯⋯話にならぬ」  叔父の声は、氷のように冷たかった。ヴァンテルを突き飛ばすように手を離し、叔父は私に向かい合う。 「アルベルト殿下、凍宮にお戻りになるのはおやめなさい。私と共にスヴェラに参りましょう」 「叔父上!」 「宮中伯たちはロサーナの舵を取って国を導く。彼らにとって、王族とは掲げる旗印です。情勢が変われば、いつまた駆り出されるかもしれない。父君のお姿をご覧になったでしょう?」  叔父の声は切実だった。国に命を捧げようとしている父。触れた手は枯れ木のように細く、命の火は細く揺らめいていた。 「王配殿下。⋯⋯アルベルト様をお渡しするわけには参りません」  ヴァンテルは、叔父と私の間に割って入った。口の端と手の甲に、血がこびりついている。  口の中が切れているのだろう。  私が服の裾をぎゅっと握ると、気づいたヴァンテルは、ふっと笑った。  叔父に向かい合うと、ヴァンテルはきっぱりと言った。 「殿下をスヴェラにお連れになるのは、お許しください。私にご不満がおありなのは、重々承知の上です。それでも、アルベルト様をお慕いする気持ちに、何一つ嘘はございません」  叔父は怒りを隠さずに、ヴァンテルを睨み据えた。 「其方は筆頭だろう? 殿下と国を天秤にかける時が来たらどうする? それとも、その立場のままに守りきれるとでも?」 「宮中伯も筆頭も、些末なことです。国の未来も同じこと。私の命を懸けてでも、殿下をお守り致します」   二人の間には、張りつめた空気が流れていた。 「叔父上。私は⋯⋯。私はクリスといたい。わずかな間でもいい。クリスと一緒にいたいのです」 「殿下⋯⋯」  叔父の瞳が私を見る。  ずっと優しく見守ってくれていた瞳は、愛情と憂いに満ちていた。  叔父がこの国を旅立つ日。私に言った言葉を、ようやく思い出した。 『アルベルト殿下。どうぞ、お体を大切になさいませ。⋯⋯貴方の人生は、貴方のものなのですから』  「小宮殿で優しくしてくれた人たちは皆、私を置いていきました。叔父上も、クリスも、兄様も。でもそれは、私が子どもだったからです。私は待つこと以外、何も知らなかった。小宮殿を出ても、人の言うがままだった。⋯⋯同じように見えても、これは私が初めて選んだことです。どうか、聞いてはいただけませんか」  雪と氷が支配する美しい宮殿。  愛する者が私の為に用意した、豪奢な鳥籠。  晴れ渡る青い空と一面の白い世界に、帰ろう。 「私は、レーフェルトに参ります」

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