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第64話 紅痕 1
叔父の怒りは、簡単には収まらなかった。
いわく、目的の為に手段を選ばないような者は、国を導くならまだしも、伴侶などにしたらろくなことがありません。
⋯⋯叔父上の伴侶である女王陛下は、手段を選ばないことで有名なのに。
ちらりと叔父を見たら、思っていたことが伝わったのか、さらに眉間に皺が寄った。
故国をどうでもいいと言うような奴は、もっと駄目です!と、怒鳴り声が響く。
ヴァンテルは、流石にこれ以上はまずいと思ったのか、一言も発さなかった。
叔父は私を見て、大きく息を吐いた。
私の頭を撫でて、幼い頃のように額に軽く口づける。
「⋯⋯仕方がありませんね。この痴れ者はともかく、可愛い貴方の初めてのご決断に水をさす気はありません。殿下、先ほど、王妃陛下から知らせが参りました。父君のご回復は、もはや望めそうにありません。長い御命ではないでしょう。いつ、凍宮にお戻りになりますか? それとも⋯⋯」
叔父の表情は、苦渋に満ちていた。
「⋯⋯私は、父とは今生の別れを済ませたと思っています。追放されたはずの私が再び姿を見せれば、別の問題が起きるでしょう」
第一王子を喪い、第二王子が廃嫡された今、世継ぎの座は空いたままだ。わずかな王族の男子の中から継承順に選ばれるはずなのに、未だ据えられる様子が無い。どんな問題があるのかはわからないが、自分から混乱の種になるのは避けたかった。
叔父は、眉根を寄せて筆頭を見る。ヴァンテルは、すかさず口を開いた。
「アルベルト殿下を凍宮にお送りする手配は、私が整えます。宮内で殿下のお姿を見たと、既に口にしている者がおります。このまま王宮にいらしては、どうやっても目立つばかり。出立の日まで、我が居室にお迎えしたいと存じます」
広大な王宮の一角に、居室と呼ばれる宮中伯たちの屋敷が建っている。
それぞれの屋敷は庭も広さもあるが、ほぼ大きさは決まっている。その中で、筆頭の屋敷だけは一回り大きく、部屋数も多かった。
私はヴァンテルの屋敷で、一番日当たりのいい客室をあてがわれた。
白を基調にした広い部屋は、静けさに満ちている。
ふかふかな寝台に寝かしつけられ、ふわりと軽い羽毛の上掛けや枕が幾つも運ばれた。
「クリス。⋯⋯私は、すぐに出発したいんだが」
「お体が回復されてからです。これ以上旅に旅を重ねたら、体力がもちません。王宮に来るだけでも相当な日数がかかったはず。ここ数日だけでご自分がどれだけ疲弊なさっているか、貴方はわかっていらっしゃらない」
確かに、ヴァンテルの言うとおりだった。フロイデンは、温かく穏やかな気候なので過ごしやすい。調子に乗って裸足や薄着でいたせいなのか、体が怠くて仕方がなかった。
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