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第65話 紅痕 2

「アルベルト様とレビンのことは、執事によくよく伝えてあります。口が堅く、有能な男です。どうぞゆっくりお休みになってください。回復次第、凍宮に出発致しましょう」 「わかった。クリスは⋯⋯」 「はい?」 「クリスは⋯⋯、毎日帰ってくるのか? ここに」 「⋯⋯」 「クリス?」 「⋯⋯仕事が終わり次第、すぐに伺います」  何故か口元を押さえて、ヴァンテルは目を逸らす。 「一緒に食事も出来る?」 「⋯⋯ええ、必ず。アルベルト様のお好みのものを用意させましょう」 「料理よりも、クリスが一緒に食べてくれたら嬉しい」  夢のようだ。東の宮殿にいた最初の頃、ヴァンテルはよく一緒に食事をとってくれた。  しっかり栄養を摂れるようにと、彩りよく用意された食事。どれも食べやすかったが、一番嬉しかったのは、共に食事の席に着けることだった。 「⋯⋯殿下が、しっかりお眠りになったら」 「うん」 「いつでも、早く戻ります」  まるで小さな子どもを宥めるような言葉だ。思わず、声をあげて笑った。  これでは昔と変わらない。ヴァンテルは小宮殿から帰る時になるとぐずる私に、よく言ったものだった。  『殿下がお食事を残さず召し上がったら、すぐに参ります』  『一日でいいの?』  『うーん、片手ほどの日にちでいかがでしょう?』  『わかった!』  ヴァンテルが、放心したように私を見ている。 「どうした? クリスが言うように、しっかり眠るようにする」 「⋯⋯あまりに久しぶりに見た気がするので」 「何を?」 「貴方のそんなに楽しそうな顔を」  そう言えば、ヴァンテルの前で声をあげて笑ったのは、久しぶりだった気がする。  私は両手の指を頬に当てて、揉み込むように動かした。ヴァンテルは目を丸くする。 「ちゃんと笑えているだろうか⋯⋯」 「⋯⋯?」 「最近は、笑い方など忘れてしまっていたような気がするから」 「⋯⋯アルベルト様」 「なに?」  ヴァンテルは、屈みこんで、私の手の上に自分の両手を重ねた。そのまま、青い瞳が私を覗き込み、くすりと微笑んだ。 「あまりに可愛らしいことをなさるので、見惚れました」  そう言って、まるで鳥の羽が触れるように、唇を優しく重ねる。  私がぱちぱちと瞬きする間に、ヴァンテルは手を離して立ち上がった。 「⋯⋯ここにお邪魔していると、余計な気持ちを抑えられなくなりそうです。殿下、少しお休みください。夕食をご一緒しましょう」  私は思わず、こくこくと頷いた。  ヴァンテルが扉を出て行くと、頭からすっぽりと上掛けを被る。顔から火が出そうだった。動悸が速まって絶対眠れるものかと思ったのに、いつの間にか眠ってしまった。  

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