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第77話 意思 1
馬車が夜通し走り続けて、辺りがすっかり明るくなった頃。
町に入ったのが分かった。
トベルクの侍従は、自分はロフ、黒布を纏った男はブレンだと名乗った。
私たちは、小さく目立たない一軒の宿屋に立ち寄った。
今まで訪れた宿とは全く違っていた。貴族や裕福な商人は、たいていが三階建ての大きな宿屋を使う。ここは一階が食堂で二階が宿。恐ろしく壁が薄くて話し声も物音も筒抜けだ。
私を二階の部屋で休ませ、ロフとブレンは一階に向かった。
ロフは宿の主人に食事を頼みながら、新しい馬車と馬を手に入れたいと話しかけている。陽気な主人は、旅の商人が丁度いい馬を仕入れてきたと教えていた。
硬い寝台に横になっていると、目の前の扉は何のためにあるのかと思うほど、一階の会話が丸聞こえだった。
「そんな男前な傷、一体どこでつけてきたんだい? まだ若いのに戦にでも行ってきたようじゃないか」
突然、女の仰天した声が上がる。ああ、あの男⋯⋯ブレンのことだと思った。
彼は若いのか。いつも夜しか会っていないから、よく分からなかった。そして、ふと気が付いた。顔を隠している布は、普段は外しているのだろうか。
小さな宿屋は、思ったよりも人気なようだ。食堂には次々に人がやって来て賑やかになる。
ギシギシと木の階段が軋む音が聞こえて、ブレンが食事を手にやってきた。顔に布は垂らされたままだ。
わずかな野菜と豆のスープに小さな黒いパンが添えられている。
「⋯⋯ありがとう。其方たちも食べてきてくれ」
男は頷いて下に向かった。その後ろ姿は、どこかで見覚えがある気がする。
パンは硬く水分がない。小さく千切ってスープに浸した。少しでも食べなければ体がもたないのはわかっていた。
⋯⋯二人は、どうして私を城から逃がしたのだろう。
トベルクは、部屋からは出られないと言った。私が世間から姿を消していれば物事がうまく運ぶのならば、逆は。
ひやりと嫌な予感が背を撫でた。
トベルクは何としてでも追ってくるだろう。
塔にいたのなら命までは取られなかったかもしれないが、今度はそうもいかない。
ロフは、暫くすると二頭立ての馬車を手に入れてきた。城の馬車と引き換えで、何も知らない商人は喜んだ。
「殿下が今までお使いになったものとは比べ物になりませんがお許しください。御召し物も、平民のものにお着替えいただきます」
侍従たちと大差ない服に着替えさせられる。長袖の丈の短い上着に脚衣。長い革靴を身に着けると、ロフは眉を顰めた。
「⋯⋯そんなにおかしいだろうか。これは動きやすいが」
「馬子にも衣装などと申しますが、やはりお生まれに合った衣装があるのだと感じます」
荒い織りの外套を着せられ、決して脱ぐなと言い含められた。頭巾までしっかりと被る。
「これから、どこへ?」
ロフは私の目を見て言った。
故郷へ、と。
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