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第78話 意思 2

「守り木の村に?」  二人は頷いた。村長は若者たちを生かす為に村から出したはずだった。そこに再び戻ると言うのか。 「もう、村に誰もいないのはわかっています。それでも近隣には、わずかに生き残った同胞がいる。私たちはもう一度生まれ故郷の土を踏みたいのです」  輝く羽をもつ美しい鳥たちが次々に舞い降りた湖。  林の中の小屋で暖めてくれた優しい犬たちと、飼い主の姿が目に浮かぶ。ロフの茶色の瞳は犬たちの主人と同じ色をしていた。 「私は以前、雪の中で命を落としかけたところを其方たちの同胞に救われた。何と言う巡りあわせだろう。私のせいで滅んだ村の者に、一度ならず二度までも助けられるとは。其方たちはどうして私を逃がした?」  守り木の村の若者たちは、顔を見合わせた。ロフがゆっくりと口を開く。 「⋯⋯私たちは『裁き』を友とし共に生きる者です。蜂たちは選ぶのです」 「選ぶ?」 「アルベルト殿下。とてもお信じになれないかもしれませんが、古くから村にある言い伝えです。『裁き』は意思を持つ。彼らの意思を私たちは尊重します」 「⋯⋯蜂が? 意思を?」  どんなに希少でも、虫は虫だ。それがまるで人のように意思を持つと言うのか?   一体、どんな意思を?  蜜の効能を知ってはいても、あまりに突飛な話だった。うろたえる私を見て侍従はきっぱりと言った。 「⋯⋯殿下、私たちは貴方に生きていただかねばなりません」 「生きて⋯⋯」 「そうです。あのままでは、トベルク様は殿下を亡くなるまで塔の中に閉じ込めたでしょう。殿下の生きる場所は塔の中でも、フロイデンでもない」 「私の生きる場所⋯⋯?」 「殿下ご自身がお選びになった場所です」  まるで全てを知っているかのように、ロフは私を見つめた。  脳裏に、雪の中にそびえたつ姿が浮かぶ。口の中から自然に言葉が転がり落ちた。 「⋯⋯レーフェルト」  最果ての地に輝く宮殿。雪と氷に囲まれた美しい鳥籠。晴れ渡った空と広大な大地の風景が流れ込んでくる。 「私たちがお連れします。共に参りましょう」  その晩、夢を見た。  ヴァンテルが私の名を呼んでいる。  声を限りに、何度も何度も私の名を呼んでいる。  ──殿下、アルベルト殿下。    ご無事ですか。    どこにいらっしゃるのですか。  捜して、捜して、歩き回って。  昼も夜もなく私の名を呼び続けている。  ──例え、地の底までも参ります。  ヴァンテルの血を吐くような叫びが聞こえるのに、私の声は届かない。  だって、ヴァンテルは私に背を向けているから。  ──クリス⋯⋯クリス。     ここにいるのに。     こちらを見て。     お願いだから、私に気づいて。  必死で叫んでいるのに、少しも声は出なかった。  いつの間にか手にも足にも、長い長い鎖の枷がついている。  この瞳からいくら涙が零れても、愛しい人には届かない。  例え、本能でもかまわない。  もう一度伝えることができたなら。  ──お前だけが、好きだと。    目が覚めた時には、一人きり。  白い光が差し込む部屋で私は声もなく泣いた。

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