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第79話 意思 3

   食べ物や水を積み込んで私たちは出発した。  窓から少しだけ顔を出せば、天気に恵まれ空は青かった。  私が閉じ込められていた城はトベルクが南に持つ所領にあり、王都からは少し離れている。  自分の来し方を見た。  このはるか先にフロイデンがある。美しき花の都。二度と戻ることはないと思った場所で父母に会い、懐かしい小宮殿を訪れることが出来た。  叔父上やレビン、ライエンに会うことはもうないのかもしれない。  胸の奥がちり、と痛む。  瞼の裏に柔らかな笑顔が浮かんだ。  ⋯⋯クリスにだけは。  北方地域はヴァンテルの所領だ。レーフェルトにたどり着ければきっと、再び会える。  募る心に一筋の希望を抱いて生きようと決めた。  私が知らないところで、運命の輪は勝手に回っていく。  二人の男が死に物狂いになっているなどとは、まるで思いもせずに。  北方地域に近づくにつれ、次第に寒さが増していく。それでも私の体調は崩れなかった。  叔父と旅した時には上等の毛皮を何枚もあてがわれていたが、今はわずかに上着に使われているだけだ。それでも平気なのは、毎日少しずつ与えられる蜜のおかげだろう。  手先に血が通い、いつでも全身が温かい。纏わりつく怠さは消え、身も心もすっきりした状態が続いている。  宿があれば宿に泊まり、後は野宿だった。私は馬車の中で眠り、彼らは交替で見張りをしながら外で眠った。凍えてしまうと言っても、大丈夫だと二人は取り合わない。  騎士や兵士の姿を見かけた時は、わざと街道沿いの森に潜んでいたこともある。ロフたちは森の暮らしに慣れていた。  三週間が過ぎた。  周囲の風景がすっかり変わり、雪と氷が一面に続く。私たちの服装も厚手の外套を纏って、目以外は全て覆っている。なんとか手に入れた薄い毛皮を大事に着込んで寒さを凌いでいた。  頭上高くに太陽が昇り、街道沿いに町を見つけた時だった。  馬車を道の端で止めて御者台からロフが飛び降りた。馬車の窓越しに声がかかる。 「殿下、様子が変です。あれは騎士たちです」  はるか前方に、馬や騎士たちと思しき集団が見える。緊張が走った。  丁度、前方から旅人らしき男が歩いてきた。  ロフが呼び止めて様子を聞くと、男は目だけを動かしてぼそぼそと答える。 「⋯⋯騎士様たちが探しもんをしているらしい。それこそ、真っ裸になれって勢いだ。こんなところで、とんだ道草を食った。あんたたちも気をつけたがいい」  街道は一本道だ。日暮れまでに宿に着きたい馬車が、氷の溶けた道の泥水を撥ね上げて走っていく。 「⋯⋯どこの騎士たちだろう」 「ここからではわかりません。ですが、トベルク様の差し金だとしたら厄介です」  私たちは馬車の向きを変えて、反対方向に走り出した。  暫く走ったところで馬の蹄の音がいくつも聞こえ、馬に乗った騎士たちに止められた。  瞬く間に、屈強な騎士たちが取り囲む。 「馬車の中を見せよ」 「恐れながら、主人が休んでいるだけです」 「⋯⋯探し物を確かめたいだけだ。違えばすぐに解放する」  次の瞬間。大きな叫び声が聞こえ、地が揺れた。  馬車の扉が開き、ロフが飛び込んでくる。 「殿下! お早く!!」  腕を掴まれ外に飛び出ると、ブレンと騎士の一人が揉みあいながら地に転がっている。  白い息が上がり、布が外れてブレンの顔が(あら)わになった。  あれは⋯⋯あの男は。  頬に大きな傷があるけれど、見間違えるはずもなかった。  一面の雪の中。  湖の側で私を置き去りにした侍従が⋯⋯。  ──なぜ。  態勢を変えた騎士がブレンに殴りかかり、ブレンの体が跳ね飛んだ。  私は思わず叫んだ。 「やめろ! 傷つけるな!!」  騎士たちが、すかさず私とロフに掴みかかって引き離す。  私たちは嫌も応もなく、引きずられるように連行された。

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