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第80話 意思 4

「明るい白金の髪に空色の瞳をお持ちでいらっしゃる。侍従らしき男が『殿下』とお呼びしたと伺いました」  正確な発音の、物腰の柔らかな騎士が私の前に跪いている。  話し方は丁寧だったが、視線は鋭かった。  この旅の中で最も良い宿屋だった。寝台の脇には小卓と椅子があり、私は椅子に座るよう促された。 「大変恐縮ながら、伝え聞いた話と違う点がただ一つ。私どもの探している御方は御体が弱く、早くお探しせねば御命が危ういと拝聴しておりました」 「⋯⋯ならば、人違いだろう。私は至って息災だ」  騎士は、にっこりと微笑んだ。 「大層美しいロサーナ語を話されておいでです。お育ちは隠せぬもの。ご無事でいらしたことを心よりお喜び申し上げます、アルベルト・グナイゼン殿下」  舌打ちしたいような気持ちだった。 「伝令を飛ばしました。主はずっと殿下を捜しておりましたので、さぞかし喜ぶことでしょう。しばし、こちらでご休憩を」 「⋯⋯誰が私を捜している?」  騎士は答えなかった。 「侍従たちに手を出すな。彼らを傷つけるのは止めてくれ」  頷いた騎士は、一礼して部屋を出た。  一人残された部屋で横になったまま目を閉じた。寝台は体の疲れを癒したが、少しも心を楽にしてはくれなかった。  翌朝は、久々にゆっくりと湯を使うことができた。  裕福な客ばかりを相手にした宿屋なのだろう。風呂には豊富な湯が用意されていた。体が温まると緊張がほぐれていく。旅の汚れを洗い落とせば、すっかり気持ちが落ち着いた。  用意された服は、上下ともに絹地だった。花々の細やかな刺繍が胸元にも袖にもつけられていて、まるで姫君の衣装を思わせる。するりと肌触りのいい布に手を通しても、少しも心は弾まない。  騎士の小姓だろうか。身支度の手伝いにと来た少年が、頬を赤く染めながら着替えを手伝ってくれた。  髪を乾かした後は、花の香りのする油まで丁寧にすりこまれる。旅で痛んだ髪は丁寧に梳かれて、滑らかな手触りになった。  身支度にうんざりするほど時間をかけられて部屋に戻った。  昨日の騎士が部屋に迎えに来て、宿屋の中で最も上等と思われる部屋に案内された。  部屋の前には、騎士たちが何人も詰めている。とても逃げられるとは思えない。  通された部屋は、私が泊まった部屋よりもさらに一回り大きかった。絹張りの対面の椅子に通され、卓の上には果物が盛られた高坏があった。葡萄酒と銀杯を手に、従卒がすぐに入ってくる。  酒を勧められても口にする気にはなれない。  椅子から立ち上がって窓辺に立ち、晴れ渡った空を眺めれば扉を叩く音がする。黙っていると、先ほどの騎士が一礼して入ってきた。後ろに立つ背の高い人物に私は危うく悲鳴を上げる所だった。 「⋯⋯トベルク」  碧色の切れ長の瞳には、炎のような怒りが滲んでいる。  トベルクが片手を上げた途端に騎士と従卒は部屋を出て行く。  外套をしっかりと身に纏った男は、今まさに宿に着いたばかりのようだった。 「⋯⋯お久しぶりですね、殿下」 「どうして、こんなところに」 「それは、こちらの言葉です。よくもこんなところまで逃げおおせたものだ。どれだけ捜したとお思いですか」  私は、トベルクと目を合わせたまま、窓ににじり寄った。下を見れば目が眩む。トベルクが走り寄ろうとした瞬間に窓枠に両手を掛けた。  思いきり窓の外に身を投げ出す。  体が、空中にふわりと浮き上がった。 「──ッ!!」  ドンッっと大きな音がした。  世界は反転し、部屋の天井を見上げていた。トベルクに腰を掴まれたまま、抱きかかえられるようにして部屋の中に転がっている。  背を打った衝撃は、トベルクが緩衝材になって何ともなかった。  起き上がろうとすれば、肩を思いきり掴まれた。 「⋯⋯とんだ、じゃじゃ馬だ」  背中から声がする。 「それは女性に使う言葉だろう! しかも相手を馬鹿にしてる!!」  渾身の力を込めてトベルクの手を振り払う。向きを変えて半身を起こすと、トベルクの呆れ切った顔があった。  肩で息をしながら立ち上がろうとした瞬間。  トベルクの腕が伸ばされ、思い切り引き寄せられた。  私は、トベルクの腕の中で口づけられていた。  

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