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第101話 和解 1

 道の両脇に茂っていた木々が途切れて、前方の視界が大きく開けた。  小高い丘の上から見おろす光景に言葉もない。  晴れ渡った空の下、遥か遠くに雪山が連なり麓には緑の帯のように森林が続く。手前一面に広がるのは、氷と雪に閉ざされて白一色にしか見えない大地だ。その中に一本の道が細く長くうねっている。道の先には、宝石のような一点の輝きがあった。 「レーフェルト⋯⋯」  街道の果てに、陽に煌めく宮殿がある。  以前来た時は最果ての地に立つ宮殿を呪わしく思いこそすれ、美しいと思う日が来るとは思わなかった。 「⋯⋯美しいな。ずっと、凍宮に戻りたかった」 「あと丸一日も駆ければ着くでしょう」  馬車の窓から外を夢中で眺めている私に、隣に座るヴァンテルが声をかける。  私たちが宿屋を出てから、5日が経とうとしていた。  隊列の先導は第一騎士団の副団長が務め、馬車のすぐ側には団長であるホーデンが控えている。   トベルクの指揮下にあった騎士たちは後方に粛々と付き従っていた。ホーデンが先頭に立って怪我人の世話を行い、彼等を捕虜ではなく自国の騎士として扱ったことで両者には均衡が保たれていた。  ヴァンテルは宿屋を出て以来、私の側から少しも離れようとはしなかった。まるで、目を離したら失われてしまうとでも言うように。 「クリス⋯⋯もう少し離れてほしいんだけど」 「なぜです?」 「いや、少し眠りたいんだ。横になりたいから」  そこまで言っているのに、ヴァンテルは何か言いたげな視線を投げてくる。  疲れたらすぐに体を休めることが出来るようにと、馬車は十分な広さがあるものが用意されていた。羽根枕も上掛けも十分にある。 「悪いけど向こうに⋯⋯」  正面の椅子を指さした途端に額に優しく口づけられ、ぐいと腕を引かれた。体がぐらりと横になったかと思うと、私の頭はヴァンテルの膝の上にあった。 「⋯⋯ク、クリス。これは」 「おやすみなさい、殿下」  頭上から声がして、ふわりと上掛けがかけられる。大きな手でいかにも大事なものを撫でるように、何度も髪を撫でられた。ちらりと見れば青い瞳が楽しそうに微笑んでいる。頬が熱くなったけれど、長い指が髪を撫でるのが心地いい。それでも胸が高鳴って眠るどころではないので、思わず反論の言葉を試みた。 「⋯⋯寝られない」 「何ですか? これ以上何か仰るなら」  そう言って、銀糸の髪が目の前を覆い、唇と唇が重なり合う。ヴァンテルの舌で口の中をそっとかき回される。 「──ッ!!」 「まだ、文句がおありですか?」 「⋯⋯」  私は身を固くしたまま、黙って瞳を閉じた。  ヴァンテルの体からわずかな体の震えが伝わってくる。笑いを押し殺しているのだと気づいて、腹立たしくて仕方がなかった。すこしだけ膨らんだ頬を優しく撫でられているうちに、いつの間にか本当に眠ってしまった。

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