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第102話 和解 2

「⋯⋯殿下! よくぞご無事で!!」  レーフェルトに到着すると、家令や残された騎士たちだけでなく、使用人に至るまで揃って出迎えてくれた。  料理人のマルクや庭師の姿もある。凍宮で働いている者たちの姿を揃ってまじまじと眺めたのは、初めてかもしれない。  どの顔も安堵と喜びに満ちていた。  ここは確かに自分の居場所なのだ。そんな気持ちが急速に湧き上がってきた。 「心配をかけて、すまなかった」  マルクがそっと目の端を拭ったのが見えた。 「殿下、お連れ致しました」  ホーデンの声が響き、トベルクが姿を見せた。  レーフェルトの応接室で、私は改めてトベルクと対峙することにした。  ヴァンテルが同席すると叫んだが、今回ばかりは断固として受け入れるわけにはいかない。代わりにホーデンが同席することで、ヴァンテルは渋々了承した。  少し疲れた様子はあるが、トベルクは姿勢を正して真っ直ぐに、こちらに視線を向ける。碧の瞳は変わらず美しい宝石の輝きを放っていた。  トベルクは私の前で跪き、(こうべ)を垂れた。 「⋯⋯其方の領地の者たちにヴァンテルが食料と種麦を贈ると言っている。受け取ってほしい」  トベルクは黙ったまま答えない。小刻みに体が震え、静かな怒りが伝わってくる。 「⋯⋯怒りは収まらぬだろうが許してやってくれ。悪いのは私だ。ヴァンテルは私を取り戻そうとして非道だと知っていながら火をつけた。確かに非は彼にあるが、元はと言えば私のせいだ」  沈黙を貫くトベルクの前に歩み寄り、私は視線を合わせるように屈んだ。 「(おもて)を上げよ、トベルク」  口を一文字に引き結んだ宮中伯は、燃えるような瞳で私を見た。私は碧の瞳から目を離さず、視線を真っ向から受け止めた。 「非は元々其方にある。廃嫡されたとはいえ、自国の王子を奪い、監禁し、さらには傷つけた」  私は、縦襟の(ボタン)を外し、胸を開く。左の鎖骨を覆っていた布をゆっくりと外す。  そこには、ようやく塞がって瘡蓋(かさぶた)になった傷痕が、肌にくっきりと浮かび上がる。  トベルクは鎖骨の傷痕を凝視しながら、ごくりと唾を飲みこんだ。  私は指先でひとつひとつ噛み痕をゆっくりとなぞり、トベルクに顔を近づけた。鼻先が触れるかと思うほどに近づいて、囁くように告げる。 「⋯⋯忘れるな、これは其方の罪の痕。トベルク、其方の罪とヴァンテルの罪は同じと心得よ。ヴァンテルから支援を受け、公に感謝の意を告げるのだ。そして、もうひとつ」  私は言葉に力を込めた。 「私の従者を何としても元通りの状態に戻せ。それをもって、私は其方の罪を(ゆる)し二度と問わぬこととする」  トベルクの中に渦巻く怒りは静まり、奥歯を噛み締める音がする。 「よいな、トベルク。これ以上、同じ国の中で争うことは何の益も生まぬ。私は其方とヴァンテルの無事にレーフェルトに辿り着いたのだ。其方は騎士たちと共にフロイデンに戻れ」 「⋯⋯承知⋯⋯致しました」  トベルクは絞り出すように呟いた。

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