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第112話 恋夜 3
目を開けた時には、逞しい体に抱き込まれていた。
ぱちぱち、と瞬いてわずかに視線を上げると、綺麗に揃った睫毛が目に入る。
整った容貌はあどけなさを宿し、規則正しい健やかな寝息が聞こえていた。
寝室には白い光が差し込んで、窓掛けの合間から漏れる光は朝の訪れを告げている。
クリス、と呼ぼうとして気がついた。
声が出ない。
⋯⋯おかしい。
喉に手を当てようと思った時にも気がついた。
指が動かない。
⋯⋯どうして?
正確に言えば、体が重くて怠くて、少しも思うように動かせないのだ。
ふぅ、と吐息をひとつこぼすと、目の前の体が動く。
「⋯⋯アルベルト様」
蕩けるような微笑を浮かべて、とても優しく名を呼ばれた。まるで、たった一つの大切な宝を口にするように。そういえば、ヴァンテルはどんな時にも優しく私を呼ぶ。
応えたいのにうまく言葉の出ない状況がもどかしい。口だけをパクパクと動かした。
(⋯⋯で・な・い)
「え?」
(こ・え・が・で・な・い)
ヴァンテルは目を丸くして私を見つめた後、すぐに顔を赤くした。
「⋯⋯すみません」
どうして、謝るのだろう?
不思議な気持ちで見つめていると、瞼や頬に次々に口づけが降ってくる。
唇にもう一度触れられた時に、私は、はむっとヴァンテルの上唇を噛んだ。ヴァンテルは目を丸くする。
「⋯⋯あ、アルベルト様?」
(う・ご・け・な・い)
「⋯⋯!!」
ヴァンテルは、私の体をそっと抱きしめた。
「⋯⋯無理をさせてしまいました。こんなはずではなかったのに」
体からはすっかり力が抜けたままだったが、ぴたりと合わせた肌は温かい。もっと触れたくなって、頬をヴァンテルの首にすり寄せる。
髪を撫でられ、覗き込むように顔を近づけてきたヴァンテルに嬉しくなって笑った。美しい男は微笑んだかと思うと、泣きそうな声で囁く。
「⋯⋯湯の用意をさせます。御体を清めましょう。少々お待ちいただけますか?」
⋯⋯嫌だった。離れないでいてほしい。
眉根を寄せた私を見て、ヴァンテルは頷いて、私の体を少しだけ自分に引き寄せた。それだけで、下半身に鈍い痛みが走り、自分の体に起きた変化を理解した。
昨夜の自分を思い出すと頬が熱くなる。体中に快感を覚えさせられ、たまらず声を上げ続けた。
どれだけ愛を囁き、体を重ねたのだろう⋯⋯。
覚えているのは途中までで、後は意識がない。
自分の頭の上で小さなため息が聞こえた。
「本当に私は⋯⋯痴れ者だと思います」
私の髪に顔を埋めて、ヴァンテルは囁くように言う。
「⋯⋯こんなに貴方を弱らせたのに、それでもまだ⋯⋯貴方が欲しくて仕方がない。貴方は手の中にいるのに、もっと、と。欲は尽きることがない」
自分の腰に触れているものが硬く大きくなっているのに気づいて、びくんと体が震えた。
それはヴァンテルにも伝わったのだろう。
「ご安心を⋯⋯。今朝は何もしません」
ヴァンテルの胸に触れていると、鼓動が伝わってくる。少し早くなっている音は、私と同じだ。
私は顔を上げて、ヴァンテルを見た。ゆっくり唇が重ねられて、隙間から舌が入ってくる。
優しく舌を探る口づけはすぐに激しくなって、体の熱を燻らせる。
唇を離すと、はぁ、とお互いに声が漏れた。
「⋯⋯愛しています。アルベルト様」
もっと⋯⋯もっと名を呼んでほしい。
そう思いながら頷き、もう一度、逞しい胸に頬をすり寄せた。
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