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第117話 凍宮 4

   長椅子に座って、黄金色の蜜を眺めていた私の元に、美しい男はやってきた。  父を長らえさせた蜜が、今は私の命を支えている。 「『裁き』は増やすのが難しい蜂だそうだ。それがこんなにも増えて、失われたはずの蜜を得ることができる。皆の尽力あってこそだ」  守り木の村には、帰郷したロフやブレンを中心に、近隣に分散していた村人たちが集まるようになった。人が増え、穏やかな共同体が出来上がっている。 「以前譲られた『裁き』の研究書に、面白いことが書かれていました」 「どんな?」 「普通の蜜蜂は新しい女王が誕生する頃、巣を支配していた女王が半数の蜂と共に旅立ちます。残った巣は、新しい女王が支配する。ところが、『裁き』は逆です」 「逆? 巣には、元々の女王が住むのか?」 「そうです。『裁き』は、生まれた女王が自分に仕える者たちを連れて新天地へ飛んで行く。そして、新たな巣を作ります」 「⋯⋯新天地へ」 「新しい女王の香りに誘われた者たちだけが、新天地に発つのです。神秘的ではありませんか?」  年月を増して、ますます色香を増したと評判の公爵は、にっこりと微笑んだ。  ⋯⋯この笑顔を崩すような話を持ちかけるのは、どうにも気が重い。  私はレビンから渡された書状を手に悩んでいた。フロイデンから少し前に届けられたものだ。 「どうなさいました? 殿下」 「いや、話したいことがあったんだが、またこの次にしようと思う」 「言いかけた話を止めるのは、如何(いかが)かと思います。どうぞ遠慮なくお話しください」 「絶対⋯⋯機嫌を悪くするぞ。私は、忙しいお前が来てくれた時間を大切にしたいんだ」 「⋯⋯貴方は、相変わらず可愛らしいことを仰る。そんな貴方の話を聞かないわけにはまいりません」  そう言って、上機嫌で口づけてくる。  蕩けるような笑顔の男に、私は渋々書状を渡した。  微笑んで受け取った男の顔は、字を追うごとに曇っていく。 「⋯⋯これは」 「トベルクからだ。ロサーナの今後について宮中伯たちの代表として話し合いたいと言っている。凍宮に自ら足を運ぶと」  父王エーデルが崩御した後、王位には叔父のエルンストが就いた。叔父は温厚で人心を集めたが、王宮の倒壊と共に儚い最期を迎えた。  高地にあるフロイデンは周囲も次々に山崩れを起こし、土地そのものが住むには不適だとの声が上がっている。 「⋯⋯支援は十分に行ったはずです。不足ならば、すぐに必要なものを運ばせましょう」 「そういう問題ではない。国の今後を踏まえた話をしたいと言ってきている」

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