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春の来訪者 2

 ライエンやトベルクをはじめ騎士たちの親交を深める為に、凍宮では歓迎の宴が催された。  北領騎士団からは第一騎士団長のホーデンを中心に剣舞が披露された。勇壮な中にも華麗な剣技に、場は大いに盛り上がる。ライエンが興奮して、盛大に拍手をしながら賛辞を述べた。 「素晴らしい! まさかこんなに見事なものを見ることが出来るとは! 殿下、不調法な我が身はただ感嘆の言葉を述べるしかできません」 「ホーデンや騎士たちの歓迎の気持ちだ。ライエンの言葉こそ、彼らの何よりの励みとなる」  万雷の拍手が寄せられ、舞手たちは汗を拭いながら一様に顔をほころばせた。ホーデンが謝辞を述べ、会場には和やかな雰囲気が溢れている。  トベルクが立ち上がると、私に向かって言った。 「⋯⋯このような場を用意していただき、感謝に堪えません。歓待の礼に足りるかはわかりませんが、我等にもリュートの名手がおります。一曲披露させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか」 「リュート?」 「はい、伯爵家の出の者ですが、当代一と思われます」  ⋯⋯懐かしさがよぎる。リュートは雫のような形に弦を張った楽器だ。指先で撫でるようにして弦を奏でる。スヴェラの王配である叔父上が、幼い私の手に持たせて一つ一つ丁寧に教えてくれた。 「ぜひ、聴かせてほしい」 「かしこまりました」  トベルクが手を叩くと、一人の騎士が立ち上がった。  大柄で優し気な顔立ちの男だった。手にした楽器が小さく見える。  温かい拍手に包まれ、騎士が一礼してリュートを爪弾き始めた途端、周囲の景色が変わった。  一面の草原に風が吹き、光が差す。空に浮かぶ雲の白さに咲き誇る花々の美しさ、飛び交う鳥たちが鮮やかに現れた。  ここが凍宮内の大広間なことも、大勢の騎士たちが集っていることも忘れた。  北国の束の間の夏の喜びが、一つの旋律となって人々の心に入り込んでいく。それはまさに、北の大地への讃歌だった。  音楽が終わった後、誰も言葉を発そうとしない。  私の足は自然にリュートを持った騎士の元に向かった。  見開かれた丸い瞳が、呆然と私を見る。 「素晴らしかった! まるでここにレーフェルトの夏が舞い降りたようだった!」 「⋯⋯お、恐れ多きお言葉にございます!」  大柄な騎士はすぐに跪き、しどろもどろになって言葉を告げる。  一瞬の間の後に、大きな拍手が沸き起こった。  いつの間にか隣に立っていたトベルクが、よく響く声で言った。 「殿下、よろしければ私と一曲踊ってはいただけませんか。彼ならば、お好みに合わせて何でも奏でることができます」 「⋯⋯えっ」  目を瞠ってトベルクを見れば、艶然と微笑んでいる。トベルクがそっと私の手を取り、周囲からは小さな歓声が起こった。  リュートを持った騎士を見れば、頬を染めて瞳をきらめかせている。

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