122 / 152
春の来訪者 3
トベルクが頷くと騎士は立ち上がり、何でもお弾きしますと告げた。
うろうろと周囲を見渡せば、ライエンとホーデンは並んで期待に満ちた目を向けてくる。ちらりとヴァンテルを見れば、全くの無表情だった。
「⋯⋯本気か? トベルク。私は人前で踊ったことがないんだ」
「構いませんよ。では、僭越ながら私が導かせていただいても?」
どちらでも構わなかった。舞踏は幼い頃から一通り身に着けている。
ただ、人前に出ない生活を送ってきて、凍宮でもそれは変わらない。自分と共に踊ろうと思う者がいるなど考えたこともなかった。
「一曲だけにしてくれ」
トベルクは口元に柔らかな微笑を浮かべただけで答えない。
大広間の真ん中に場所が空けられ、軽やかな音が流れる。
⋯⋯ああ、これは聞いたことがある。幼い頃に何度も習った曲だ。
人前に出る機会はなくても、踊ることは好きだった。
教師は優しかったし、兄がいつでも喜んで練習相手になってくれたから。
トベルクに手を取られながら、私は思わず笑った。
「よほど簡単なものを選んだな。これなら私でも平気だ。騎士たちが皆、笑っている」
「殿下のお姿を拝見して、微笑まぬ者などおりません」
トベルクと共に踊ると、驚くほど軽々と動くことが出来た。凛とした姿勢の彼はぶれることがない。相手を存分に舞わせながら、正確に先を取っていく。
一曲終わって息をつくと、ライエンとホーデンが一際大きな拍手を寄こした。
「殿下、お見事です!」
「何と、息の合ったお二人でしょう!!」
⋯⋯息が合っているのはお前たちだろう、と言いたくなる。
そう言えば、ライエンとホーデンは真っ直ぐなところがよく似ている。二人はすっかり意気投合したようだった。
すかさずトベルクが「では、もう一曲!」と叫んだ。
わっと大きな歓声が上がり、私はわけもわからず三曲続けて踊った。
トベルクは、最後に満面の笑みを浮かべて、私の手の甲に口づけた。
「そんなに不機嫌にならなくてもいいのに」
「⋯⋯」
恋人は向かいの長椅子に座って両腕を組み、口元を引き結んでいた。
ライエンたちの歓迎の宴を終えた後、私は自室でヴァンテルの訪問を受けていた。
「王都の混乱を治め、フロイデンから三週間もかけて辿り着いたんだ。歓待するのは当然だろう?」
「近すぎます」
きっぱりした発言が、形のいい唇から漏れる。
「⋯⋯近い?」
「ライエンです! 当然のように殿下の隣に座り込んで少しも離れようとしない」
「まあ、それは。積もる話もあったから⋯⋯」
「奴は、フロイデンの現況にはこれっぽっちも触れておりませんでしたが」
確かに、ライエンはひたすら旅の話をして、私の日常ばかりを聞いてきたような気がする。
「それに⋯⋯」
「それに?」
「⋯⋯まさか、あのトベルクが殿下と踊るなんて」
柳眉が上がり、美しい瞳が眇められた。
「あれは、余興のようなものだろう?」
本気で言ったのに、ヴァンテルからは、まさに真冬の吹雪のように冷たい空気が流れて来た。
ともだちにシェアしよう!