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春の来訪者 3

   トベルクが頷くと騎士は立ち上がり、何でもお弾きしますと告げた。  うろうろと周囲を見渡せば、ライエンとホーデンは並んで期待に満ちた目を向けてくる。ちらりとヴァンテルを見れば、全くの無表情だった。 「⋯⋯本気か? トベルク。私は人前で踊ったことがないんだ」 「構いませんよ。では、僭越ながら私が導かせていただいても?」  どちらでも構わなかった。舞踏は幼い頃から一通り身に着けている。  ただ、人前に出ない生活を送ってきて、凍宮でもそれは変わらない。自分と共に踊ろうと思う者がいるなど考えたこともなかった。 「一曲だけにしてくれ」  トベルクは口元に柔らかな微笑を浮かべただけで答えない。  大広間の真ん中に場所が空けられ、軽やかな音が流れる。  ⋯⋯ああ、これは聞いたことがある。幼い頃に何度も習った曲だ。  人前に出る機会はなくても、踊ることは好きだった。  教師は優しかったし、兄がいつでも喜んで練習相手になってくれたから。  トベルクに手を取られながら、私は思わず笑った。 「よほど簡単なものを選んだな。これなら私でも平気だ。騎士たちが皆、笑っている」 「殿下のお姿を拝見して、微笑まぬ者などおりません」  トベルクと共に踊ると、驚くほど軽々と動くことが出来た。凛とした姿勢の彼はぶれることがない。相手を存分に舞わせながら、正確に先を取っていく。  一曲終わって息をつくと、ライエンとホーデンが一際大きな拍手を寄こした。 「殿下、お見事です!」 「何と、息の合ったお二人でしょう!!」  ⋯⋯息が合っているのはお前たちだろう、と言いたくなる。  そう言えば、ライエンとホーデンは真っ直ぐなところがよく似ている。二人はすっかり意気投合したようだった。  すかさずトベルクが「では、もう一曲!」と叫んだ。  わっと大きな歓声が上がり、私はわけもわからず三曲続けて踊った。  トベルクは、最後に満面の笑みを浮かべて、私の手の甲に口づけた。 「そんなに不機嫌にならなくてもいいのに」 「⋯⋯」  恋人は向かいの長椅子に座って両腕を組み、口元を引き結んでいた。  ライエンたちの歓迎の宴を終えた後、私は自室でヴァンテルの訪問を受けていた。 「王都の混乱を治め、フロイデンから三週間もかけて辿り着いたんだ。歓待するのは当然だろう?」 「近すぎます」  きっぱりした発言が、形のいい唇から漏れる。 「⋯⋯近い?」 「ライエンです! 当然のように殿下の隣に座り込んで少しも離れようとしない」 「まあ、それは。積もる話もあったから⋯⋯」 「奴は、フロイデンの現況にはこれっぽっちも触れておりませんでしたが」  確かに、ライエンはひたすら旅の話をして、私の日常ばかりを聞いてきたような気がする。 「それに⋯⋯」 「それに?」 「⋯⋯まさか、あのトベルクが殿下と踊るなんて」  柳眉が上がり、美しい瞳が眇められた。 「あれは、余興のようなものだろう?」  本気で言ったのに、ヴァンテルからは、まさに真冬の吹雪のように冷たい空気が流れて来た。

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