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番外編:夏 夜光 1 ヴァンテル視点

「殿下、お顔の色が優れませんね」 「えっ⋯⋯そう、かな?」 「元々が細い御体です。しっかり毎食召し上がっておいでですか?」 「ライエンは、どんな時も食べれば元気になると信じてるだろう⋯⋯」 「もちろん! 騎士は体が資本です。よく寝てよく食べることが肝心ですから」  私は、アルベルト様の執務室の前で立ち止まった。  健康が取り柄の男の声が、廊下まで響いている。  執務室に入れる者は限られているのに、いつの間に入り浸るようになったのか。  腹立たしく思いつつ扉を開けると、露台から外を眺める二人が見えた。 「アルベルト様」 「クリス!」 「少し冷えたのではありませんか? 朝晩は温度差が激しい」  じろりと傍らの男を睨みつければ、肩をすくめている。  常春の王都育ちのせいだろうか。アルベルト様は案外、気温に無頓着だ。  薄手の絹の肩掛けを差し出すと、ふわりと花が咲くように微笑む。 「ありがとう」  じっと見つめれば、白い肌は青ざめていた。 「確かに顔色が悪い。騎士団に御出座(おでま)しになるのは、やめた方がよろしいでしょう」 「⋯⋯そんな。楽しみにしてくれている者もいるのに」  柳眉が下がり、じっと(すが)るように見られて心が揺れる。 「おや、今日は何かあるのですか?」  興味津々と言った顔でライエンが口を挟んだ。 「騎士たちに鍛練の成果を見せてもらう日なんだ」  月に二度、アルベルト殿下が北領騎士団を訪問される日がある。  以前、騎士たちの模擬試合を偶然ご覧になって、お言葉を与えたことがあった。  王子に励まされた騎士は発奮して鍛練に身を入れ、全体の士気も上がった。第一騎士団長のホーデンは感激し、時々でいいからと騎士団への視察を願い出た。  アルベルト様は穏やかに、心を込めて話される。そのお姿と言葉は、騎士たちの胸を打つ。今では王子が訪問される日を楽しみに鍛練に励む者も少なくない。  肩掛けを羽織った殿下は小さく息をついた。 「最近、よく眠れないんだ。夢ばかり見るせいだろうか。でも、やっぱり今日は行きたいな⋯⋯」  しょんぼりと悲し気な顔をされては、こちらが落ち着かない。 「⋯⋯視察は午後からです。今からでも、少し仮眠をとられたらいかがですか?」 「ありがとう、クリス!」  にやにやと笑ってこちらを見る男は無視した。  午後の視察は無事に終わったが、アルベルト様は時折、ぼうっと遠くをご覧になっていることがあった。  私は帰りの馬車の中で、疲れた様子の殿下に囁いた。 「今宵は、ご一緒に休んでもよろしいですか」  目を瞬き頬をうっすらと染める姿に心臓を打ち抜かれる。 「隣にいたら、よくお眠りになれるかもしれません」 「⋯⋯ありがとう」  殿下は潤んだ瞳で頷いた。

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