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番外編:秋 雛の王子 1 待人(1)

   北の大地の季節が巡るのは早い。  美しい春から輝く夏は瞬く間に走り抜け、金糸銀糸を振りまくように絢爛な秋がやってくる。  そして、私の待ち人は秋の初めに訪れるに相応(ふさわ)しい人だった。 「殿下、嬉しそうですね」 「えっ?」 「殿下が最近ずっと、お元気で楽しそうなので、みんな喜んでいるんですよ」  来客用の部屋の確認を終えて自室に戻ると、侍従のレビンが穏やかに微笑んだ。 「も、もしかして、はしゃぎすぎだっただろうか」 「そんなことはないと思います。まあ、機嫌の悪い方が一名いらっしゃるようですが、いつものことです。それはもう、仕方がないですね」  レビンはあっさり言って、てきぱきとお茶を淹れてくれた。 「一名⋯⋯」  香り高いお茶を飲みながら、思いを馳せる。  確かに、ここ数日、彼の機嫌は悪くなる一方だ。後でそっと様子を見に行った方がいいだろうか⋯⋯。  脳裏に、日々感情を失くしていく美しい顔が浮かぶ。  折角ライエンたちが王都に戻って、平穏な日々がやってきたと言っていたのに。  浮き足立つ自分が何やら恥ずかしく、申し訳ない気持ちがしてくる。滅多にないことだから許してほしいと思うのは我が儘だろうか。  なにしろ久々に叔父が凍宮を訪問するのだ。  叔父と会うのは、亡き父に会うためにフロイデンに共に行った時以来だ。  父に会った後、ヴァンテルの居室に移る時に話したのが最後になった。  あれからもう、5年。  叔父からは時折、手紙やスヴェラの品々が届く。珍しい菓子や美しい本の数々を手に取るたびに、思わず微笑んでしまう。いつになったら、私は幼い王子ではなくなるのだろう。  先年の地震でフロイデンが壊滅的な被害を受けた時、スヴェラからはすぐに救援が送られた。それは、女王陛下に自ら進言してくださった叔父のおかげだ。  今回は地震後の王都を視察した後に、レーフェルトを訪れてくださると言う。凍宮はほんのついでなのだから、何も気を遣わぬようにとの手紙が届いた。  地震による被害でロサーナが未だ落ち着かない日々を送っていることを、叔父はよく知っている。 「今回は、叔父上だけじゃなくて⋯⋯もう一つ楽しみがあるから」 「スヴェラの王太子殿下ですね?」 「そう。初めてお会いするんだ」 「たしか、13におなりでしたか?」  頷いて、何度も見た絵姿を思い浮かべる。  華やかな顔立ちは叔父に似て、意志の強そうな瞳は女王陛下に似ておられる。  愛らしくも利発そうな⋯⋯スヴェラの王太子、フェリクス王子。  叔父から送られてきた姿絵を見た時から、会える日をずっと楽しみにしていた。

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