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雛の王子 1 待人(2)
「アルベルト殿下!」
「叔父上!!」
簡素な外観の馬車から降り立った姿は、年月が経っても華やかだった。
毛皮と宝石の付いたマントに繊細な刺繍の施された豪奢な服。それらに引けを取らぬ美しさは、見事としか言いようがない。
豊かな黄金の髪を後ろで一つに纏め、私を見た途端に顔をほころばせる。
「叔父上、お元気そうで何よりです。お越しをお待ち申し上げておりました」
「私の可愛い殿下がこんなにご立派におなりとは! 以前お会いした時よりもずっと、顔色がよくなっていらっしゃる」
「相変わらず、父に似ておりますか?」
叔父はじっと私を見つめて、首を振る。そして、晴れやかに微笑んだ。
「顔立ちはよく似ておいでだが、今や全く表情が違っておられます。咲き誇る花よりも美しいとは、殿下の為にある言葉です」
「⋯⋯父上!」
叔父の後ろから、少年特有の少し高い声がする。
「ああ、フェリクス、こちらにおいで」
叔父が自分の前に、一人の少年を招き寄せた。
「これは我が嫡男にしてスヴェラの王太子です。フェリクス、この方が其方の従兄弟 殿だ。ご挨拶を」
私は目の前の少年の美しさに目を見張った。
スヴェラの宮廷画家は、彼の姿を写し切れずにさぞ口惜しい思いをしたことだろう。
金の髪は陽を受けて輝き、青の瞳は湖面のきらめきを秘めている。
宝石が縫い込まれた短着を白絹の上に身に着け、腰で結んだ真紅の飾り帯が鮮やかだ。すらりと伸びた手足は、健康な輝きに満ちている。
子どもから少年に移り替わる面差しは、あどけなさが消え凛々しさが勝っていた。
「お会いするのを楽しみにしておりました。スヴェラの王太子殿下」
「⋯⋯」
「⋯⋯フェリクス殿下、お返事を」
後ろに控えた側仕えが、そっと言葉を促す。
「⋯⋯あ! フェ、フェリクス・レオン・ザーリアと申します。ど、どうぞお見知りおきを」
緊張しているのか。たどたどしいけれど、はっきりとした声音だった。
私は少年と目線が合うように、少し屈んだ。
少年は真っ直ぐに私を見る。
⋯⋯これは、王になる者だ。
無闇に頭を垂れず、決して臆した態度を取らず。射るような瞳で相手を見る。
幼き日の兄の面影をどこかに見るような気がして、私は微笑んだ。
少年の口から、う、とも、ぐ、ともつかぬ声が漏れる。
「私 はアルベルト・グナイゼン。ロサーナの第二王子にして、殿下の父君の甥にあたります。はるばるレーフェルトまで、ようこそおいでくださいました。しばしお疲れを癒してゆっくり過ごされますように」
「⋯⋯」
「⋯⋯フェリクス!」
叔父が焦れたように返事を促す。
「⋯⋯あ⋯⋯りがとう、ございます」
まだ年若い少年なのだ。はじめて国から出て旅を続けて、さぞや緊張を強いられたことだろう。
叔父や側仕えたちは王子の受け答えが気になるようだったが、いちいち目角を立てられては気の毒だ。
「お疲れになったことでしょう。まずはお部屋へご案内させましょう」
「えっと、あの!」
フェリクス王子は、真っ直ぐに私を見た。
「あ、あなたも、ご一緒に⋯⋯行ってくださいますか?」
「⋯⋯え?」
広間に居た者たちの視線が、私と王子に集中した。
「⋯⋯王太子殿下。アルベルト殿下は凍宮の主でいらっしゃいます。案内は別の者が致します」
私の後ろから低い声が響き、口元に完璧な笑みを湛えた公爵が進み出た。
フェリクス王子はたちまち赤面し、叔父は眉根を寄せる。
「ヴァンテル公爵⋯⋯久しぶりだな。変わらず、元気そうなことだ」
苦々し気に叔父が呟けば、涼しい顔でヴァンテルは応えた。
「再びお目にかかれて光栄です。王配殿下にはご健勝のご様子、何よりとお慶び申し上げます。お可愛らしい王子殿下でいらっしゃいますね」
「⋯⋯ああ。何分、王子は国を出たのが初めてでな。滞在中、よろしく頼む」
「畏まりました。心を尽くして務めさせていただきます」
会話だけは和やかだが、二人とも少しも目が笑っていなかった。
王太子が二人を交互に見ながら、脅えているのがわかる。
私は、王太子の手をとって言った。
「フェリクス殿下。お部屋で一息つかれたら、お茶をご一緒致しましょう」
大きな瞳を瞬いて、王太子は頷いた。頬は赤いままだった。
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