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第9話

 次の授業があるから、と松坂は輝を置いて教室から出て行った。輝はしばしぼうっとしていたが、次の授業で使うのであろう生徒たちが入ってきて、慌てて教室を出た。  侑一と離れるのは嫌だ。松坂に離れてみろと言われて、瞬時にそう思った。  だが、もし、侑一に好きな人ができてしまったら?  その時は二度と輝を抱くことはないだろう。  もう自分も二十歳を超えた。発情期の周期も思春期の頃と比べ随分と落ち着いている。  発情期の度にαである侑一に抱いてもらっている今は抑制剤はごく軽いもののみを服用しているが、もっと強いものでも問題はないかもしれない。  もう子供のまま親友に依存して寄りかかってばかりでは行けないのだ。  それでも、数日の間、輝は侑一から離れる決心はつかなかった。  試験勉強のことを考えようとして後回しにしていた。侑一も同様に試験勉強に忙しかったのか、二人の会話も自ずと試験のことばかりになっていた。  試験は問題なくパスことができた。  二年生も順調に単位を取ることができている。  夏休みに入るということで、試験最終日に侑一と入ったサークル内で飲み会をやろうという話になり、学校の最寄り駅近くの居酒屋に十数人が集まった。  誕生日を迎えていない侑一はまだお酒を飲めないし、輝も飲んだことがなかったのでソフトドリンクを頼んでいた。 「輝は、試験楽勝だった?」  最初の乾杯が終わった後、輝に話しかけてきたのは右隣に座っていた岡本だ。  同学年だし、同じΩだからサークル内ではよく話す。輝よりも数センチ低い身長で、地毛だという栗毛の頭と黒目がちな眼でもって小動物に見える。 「うーん、だいたいは大丈夫だったけど、木村教授のテストが範囲広過ぎて時間内に終わらないんだよねえ。追試にならなくてラッキーだったよ」  侑一が張った山が当たらなかったら、輝も追試対象だったと思う。 「マジかあ。僕、二つも追試になっちゃったんだよね。夏休みなのに、週明けレポート提出」 「それはヤバいね。何の科目?」 「森崎教授のやつ。休んだところがばっちりでちゃってさ」  休んだ意味が輝にはわかるから、殊更同情してしまう。 「ああ、なるほどね。それ、去年の後期に俺と侑は取ったよ」 「ホント?だったら、侑一に言えばノート見せてくれるかな」 「きっとノート取ってあると思うよ。って、俺には頼まないんだな」 「だって、輝の字より、侑一の方が綺麗じゃん?」 「えぇ、そんなこと言うなら侑一にノート貸さないように言うわ」 「それはマジでやめてー。輝の言うことなら侑一何でも聞いちゃうじゃん」 「そんな事はないと思うよ?」  輝の頼みなら断られたことが殆どない気はするが、何でもってことはないだろう。 「そんなことあるって。輝のナイトだって言われてるし」 「何、それ。俺はお姫様か?」  侑一が騎士のコスプレをしている想像をしてしまった。確かに、似合うかもしれない。 「輝はお姫様っていうより、妖精って感じ?顔が整い過ぎていて近寄り難いっていうか」 「それって、褒めてる?貶してる?」  妙な例えに、苦笑する。近寄り難いっていうのは、多分輝が人見知りするからなのだろう。  隣のテーブルで、サークル長と談笑している侑一を見て思う。輝が自分から話しかけに行くことはあまりない。

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