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第3話(R18)
「くそっ」
取り付く島もない。
このままじゃルキウスが去勢されてしまう。
握りしめた拳を下げる。デキムスの説得を諦め、カナタは厩舎へ戻ろうと踵を返した。
「デキムス様は人馬のことを何も分かっていないっ」
苛立った呟きが、廊下に響き渡る。
人馬が金を稼ぐには人馬競走で活躍することと、もう一つ重要な方法がある。種牡人馬となり、自分の血を引く子を牝人馬に産ませることだ。絶対数が少なくなった人馬は繁殖するにも教会の管理下にある。人馬競走で活躍すればするほど、種牡人馬として人気が出る。ルキウスが種牡人馬になれば、種付け一回につき金貨何枚と交尾をするだけデキムス厩舎に金が入ってくる。
去勢をしてしまえば、ルキウスがどれだけ活躍しようと、種人馬にはなれない。
デキムスのやろうとしていることは自ら厩舎の希望を潰す行為だ。
「……でもデキムス様の判断は妥当だ。何度も発情して制御がきかない人馬を去勢するのは当たり前のことだ」
去勢をした人馬は精神状態が安定して、試合で好成績が出せるようになる場合もある。思うように成績が出せず、発情が頻繁で荒々しい性格の人馬は去勢するのが通例だ。
「世話係なのに、ルキウスの才能をデキムス様にきちんと伝えて、説得できない俺が悪いんだ」
このままでは自分の力不足でルキウスが去勢されてしまう。
弟のようにカナタを慕ってくれるルキウスを傷つけたくない。人間の身勝手に振り回されて欲しくない。
急いで邸宅を出る。日の入りが近い。厩舎の上を曇天が覆っていた。遠くから雷の音が聞こえて、カナタの不安を一層煽った。
厩舎には調理場と居間が合体した大きな部屋と、コンクリートとレンガで区切られた馬房があり、人馬たちはひと部屋を与えられている。馬房の出入り口には外から鉄の棒が掛けられており鍵の役割を担っていた。
ルキウスの馬房の前で心配そうにうろうろしているヤンツを押しのけて、中へ入った。ルキウスの意識は戻ってはいなかった。応急処置として止血してあった頭の傷に薬を塗り、清潔なタオルを巻きつけた。ヤンツに手伝ってもらい、かき集めた藁の上に楽な姿勢で横たわらせた。
出血の傷の痛みと、発情の熱に浮かされ、ルキウスは苦しそうに呻いている。呼吸は乱れ、脈が速い。全身汗でびっしょりだった。
「しっかりしろ、ルキウス」
意識の戻らないルキウスを見ていると胸が痛む。汗を拭いてやるだけしかできないもどかしさにカナタは歯を食いしばった。
「うううっ……」
ルキウスが苦しそうに呻く。激しく後ろ足を動かし、藁が散らかった。
カナタは呼吸が楽にできるようにとルキウスの轡を外してやった。ルキウスが大きく息を吐き、胸が上下する。
「このままじゃルキウスが去勢されてしまう」
去勢という単語にヤンツがぎこちない動きを見せた。
競技のことを差し置いても、人間の都合で人馬の生殖能力を奪ってしまうのは、酷なことだ。ルキウスの希望を聞いたことはないが、子供が欲しいと思っているかもしれない。ルキウスの子供ならきっと可愛らしく優秀な子人馬が生まれてくるだろう。当たり前にやってくるだろう未来の可能性を去勢によって潰してしまうことは、カナタの正義感が見過ごせなかった。
カナタはきつく目を閉じ、開くと力強く立ち上がった。
「去勢だけは止めなくちゃ。世話係の俺が、ルキウスを助けるんだ」
宙に向かって宣言すると、カナタは馬房を出て厩舎の中にある調理場の棚を開けた。そこには先代の世話係から引き継いだ人馬に関して記されたパピルスや羊皮紙の巻物があった。
ヤンツが散らばった書物を見て、どうするつもりだ、と視線をぶつけてくる。
「とにかく発情を治めるんだ。発情さえ治まれば、去勢手術の必要はなくなったと押し通せる。デキムス様は説得できなくても、医師さえ追い返せば去勢を回避できる」
発情を治める手がかりを探していると、数枚のパピルスが目に留まった。それはカナタが骨董市で偶然見つけ、店主に無理を言って安く譲ってもらったものだった。
「これは……」
描かれた紙面を指でなぞる。ごくりと唾を呑み込んだ。これならもしかしたら発情を治められるかもしれない。
悩んでいる暇はない。ここには発情を抑える鎮静剤も、ルキウスと交尾できる牝人馬もいない。ルキウスを救えるのはカナタしかいないのだ。
外は日が暮れ、激しい雨の音が厩舎全体を包んでいた。
カナタはランプに火を灯し、パピルスを掴み、ルキウスのもとへ持っていった。
ヤンツを自身の馬房へ戻るように誘導する。ルキウスを心配する彼は戻るのを嫌がったが、カナタの決死の表情に気圧されて自ら馬房へと入ってくれた。
ルキウスの馬房に入ると入口に鉄の錠をかけて、目隠しになるよう布を垂らした。誰かに覗かれることはないだろうが、見られたくない、他人の目から隠れたかった。
発情を治めるには性欲を発散させることが自然で手っ取り早い解決方法だ。しかしここにはルキウスと交尾できる牝人馬がいない。
牝人馬はいないが、カナタがいる。
ランプの火の影が目を瞑ったルキウスの顔の上で踊っている。まるでルキウスを貶めようとする悪魔の影のようだった。
意識のないルキウスを前にして、カナタはパピルスを広げた。
パピルスには、肥大した牡人馬の男根を握る人間、牡人馬ともつれる裸の人の姿が描かれていた。
人間と牡人馬の性交渉が描かれた春画であった。人間同士の春画ですら、風紀を乱すという理由で国に取り締まられている。
しかしカナタは初めてこれを見た瞬間、身体中の血液が沸騰し、下半身が疼いて仕方がなかった。
人間と人馬は性交渉ができる。
その事実に感動を覚えた。人馬の太い腕に抱かれた、人形のように小さな人間が羨ましい。人馬に抱きしめられたら一体どんな感触がするのだろう。どんな匂いに包まれるのだろう。太く大きい男根に貫かれたら、人間の、カナタの身体はどうなってしまうのだろう。春画に描かれているように、自分も体験してみたいと思った。
日頃から運動場を全身の筋肉を弾ませて走るルキウスを見る度に、春画の光景が思い出されて、自然とルキウスの股間に目がいった。昼間から邪な想いを振り払うのに必死になる日もあった。
人馬と人間が性交渉できるならば、カナタが牝人馬の代わりになれるのではないか。人間のカナタにもルキウスの発情を発散させることができるのではないか。
だが人間と人馬の性交渉が禁忌であることは、人々に根強く広まった暗黙の了解だった。教会の定めた「忌むべき風習」の中には近親相姦や姦通に並んで、動物との性行為がある。人馬との性交渉はこれに当たる。見つかれば人間も動物も死刑になることもあった。
人間と人馬が性的な関係を持つことは許されていない。そんなことをすれば、カナタもルキウスも罰せられてしまうかもしれない。
それでも今は何としてでもルキウスの窮地を脱したい。
カナタはルキウスのたったひとりの世話係だ。世話係として担当の人馬を育成、教育し、降り注ぐ困難から守ってやるのが、カナタの役目なのだ。
「ルキウス、君を助けたいんだ」
「うう……」
カナタの言葉が聞こえているはずはないが、ルキウスが返事をするように呻いた。
今から行うことはルキウスのため。自分の欲望を満たすためではない。自分自身に言い聞かせてカナタはルキウスの隣に寝そべった。
パピルスに描かれた図を参考に、ルキウスの腰布を捲り上げる。ルキウスの性器は人の上半身の下方、馬の下半身の前腕の上にあった。
「わっ……」
思わず声が出た。既に戦闘態勢に入ったルキウスの男性器が交尾させろとばかりに怒張している。その大きさにカナタは怯んだ。
こんなに大きなものを身体の中に突き立てられたら、人馬でもなく女でもない人間のカナタは壊れてしまうだろう。
戸惑いながらカナタは唾を呑み込むと、そっとルキウスの性器に触れた。
びくんとルキウスが人の背をしならせる。
その反応に自分がルキウスの性器を握っているのだと自覚させられた。
勃起した竿は長く、血管が浮き出ている。人間の性器よりも明らかに大きいだろうが、自分の性器しか見たことがないカナタには比べるべき大きさが分からない。まじまじと観察するのも恥ずかしくて目のやり場に困ってしまう。
「次はどうしたら」
パピルスには性器を握る人間の姿は描かれていたが、その後どうすればいいのか、具体的な指示は書かれていない。
ルキウスが苦しそうに身体を動かしたので、性器を離すまいと慌てて両手で掴んだ。
目を覚ましたのかと思い、ひやりとしたが、ルキウスは眉間に皺を寄せ目を閉じたままだ。安心している自分に気付いた。けして本人の許可なく、していいことではない。意識のないルキウスの、大事な性器に一方的に触れていることに罪悪感があった。同時に人馬のルキウスを弄んでいるという仄暗い快感が湧き上がる。
頭を振り、これはルキウスを助けるためなのだ、と思い直した。ただの世話係が思い上がった感情を持って人馬に触れてはいけない。
性器から透明な先走りがつたってカナタの手を濡らした。
「射精、させれば……」
カナタは人間相手の性行為すら未経験だ。この巨大な性器がカナタの尻に入るとは思えなくて怖じ気づいていた。
射精すれば性欲はある程度満たされる。人馬も人間も同じはずだ。とにかく刺激して射精をさせることを考えよう。
カナタは自分が自慰をする時のことを思い出して、ルキウスの肉棒をさすった。根元から先端まで撫で上げる。優しく触れただけではルキウスの反応が鈍かったので、思い切って強く刺激すると、ルキウスから喘ぎ声が漏れた。
「うあぁっ……」
「気持ちいいのか? ルキウス……」
喉を鳴らし、漏らす吐息に甘さが混じる。気持ちが良さそうだ。自分の拙い愛撫がルキウスを気持ち良くさせている。奉仕できていると思えて嬉しくなった。
意識のないルキウスに勝手なことをしているという罪悪感でさえ、カナタの興奮を煽るスパイスになってしまう。
ルキウスの性器はさらに肥大し、絶えず先走りが滴る。鼻につく牡の匂いがカナタの理性をおかしくさせた。
「あっ……ルキウスの、すごい熱い」
ルキウスの痴態に煽られて、カナタも情欲を催す。世話係としての自覚はあっけなく消え去り、油断すれば卑猥な言葉を発してしまいそうになる。
触れた箇所から血管に血液が流れていく様が伝わってくる。大好きな人馬の、ルキウスの性器が愛撫に反応してくれることが嬉しい。思わずカナタは唾液を溜めた口でルキウスの性器を咥え込んだ。
「ああっあ」
ルキウスが一層大きな声を出し、強い刺激に怯えたのか腰を引いた。
逃すものかと、カナタは口の中へルキウスを招き入れ、吸い上げた。
「ッ……うッあ」
ルキウスの性器は大きすぎてカナタの口には収まり切れない。顎が外れそうなほど口を開いて、懸命にルキウスの性器を刺激した。ちろちろと舌を這わせ、両手で擦りあげる。口内を占領する性器に圧迫されて、息苦しい。牡の匂いはますます強くなり、嗅覚も麻痺していく。咽そうになり、涙を浮かべてもカナタはやめなかった。
気持ちよくなって、早く射精してほしい。祈るような気持ちで、カナタは一心不乱に奉仕した。
すると、手のひらが伸びてきて、カナタの頭を掴むと乱暴に引き上げた。
「けほっ」
性器から口が離れ、カナタの口内からは唾液ともルキウスの先走りとも分からぬ液体が滴る。
咽るカナタが目を開けると、雨音を背景音楽に、意識を取り戻し熱に浮かされた焦点の合わない目でルキウスがカナタを睨み付けていた。
目を覚ました。
潤んだ宝石のような瞳に見詰められると、全てを見透かされているような気持ちにさせられる。
世話をしている人馬の性器を同意なく舐めていた。人間と人馬の性的行為は禁忌な上、カナタは神から人馬を任された、人馬を保護すべき世話係という身分。世話係としての自覚と品性が疑われる。
いや、体裁は二の次でいい。何よりルキウスがカナタに触れられて不快に感じたのではないか、嫌われたのではないかと思うと怖くなった。
「あ……っ」
ルキウスの視線が痛い。これは治療行為だとルキウスに説明をしなくてはと思うのに、羞恥と混乱で精液で汚れた口が動かなかった。
「……なに、なんで。黒衣 ちゃん? 何をしているの」
ルキウスはまだ意識が朦朧としているのか、カナタを認識すると、しゃがれた声で言った。
カナタはルキウスが人間の言語を話すのを、初めて聞いた。人間と口を利くことは禁止されているだけで人馬も人語を話せるということ。頭では分かっていても、実際にルキウスの口から言葉が発せられたことに、驚きを隠せなかった。
低く気だるげな声は艶めかしく、発達した喉仏が動く様は雄々しい。初めて聞くルキウスの声にカナタは嬉しさと戸惑いを感じた。
「く、くろご……?」
「ん、黒衣ちゃん」
自分の着衣に目がいく。
カナタの着ているトゥニカはいつでも黒く汚れている。だからルキウスはカナタのことを黒衣と呼んだようだ。
どうやらカナタはルキウスにあだ名で呼ばれているらしい。知らなかった。
親しみをもって呼んでくれているなら嬉しいが、黒衣という呼び方には揶揄っている響きがあり素直に喜べない。
「俺のを舐めて……?」
発情しているからか、息が荒く、苦しそうな表情は変わらない。
「……あっ、その」
性器を握った姿では否定できず、だが罪悪感から素直に肯定できる勇気もない。
唾液と先走りで濡れた口元を拭われると、ふたりの視線が絡み合った。
「夜這い? ……好かれているのかなとは思ってたけど、性器を舐めたいほど俺のことが好きだったの……?」
ルキウスが舌足らずに途切れ途切れの言葉を発すると、熱い吐息がカナタにかかる。
「や、そうじゃな……っ」
弁明しようとすると、トゥニカの上から股間を掴まれた。
「ひゃぅ」
あられもない声が出てしまう。ルキウスのものを舐めながら興奮していたカナタは自分の性器も勃ち上がらせていた。勘付いたルキウスはトゥニカごと股間を揉み下した。
ルキウスの性器を掴んでいた手を離し、カナタに触れてくる手を止めようとする。
「ちがっ、なに、触って……!?」
「俺を襲って、性器を固くして。ずっとそういう目で俺を見ていたの」
カナタの制止をものともせず、腰紐を解きトゥニカを捲ると、ルキウスに比べたら小ぶりな性器が顔を出した。
大きな手のひらに性器を弄られる。
固い手のひらの皮膚の感触。器用な指が、竿と玉を乳しぼりをするかのように蠢いて、与えられる刺激にカナタは唇を戦慄かせた。
「ああっ、あっあ」
目の前がちかちかする。体験したことのない他人から与えられる快感に嬌声を上げ震えてしまう。カナタの痴態を見たルキウスは嬉しそうに喉を鳴らした。
「気持ちよさそう……黒衣ちゃん」
「だぁっめ……おれじゃなくて、ルキウスがっ」
今は治療中だ。気持ちよくなるべきはルキウスの方なのに、カナタが気持ちよくなっては意味がない。ルキウスが射精しなくては発情を治められない。
容赦ない愛撫に負けじとカナタはもう一度ルキウスの性器へと手をかけた。
「んっ……いっしょにいきたい、の。ふふっ、可愛いな」
腰を掴まれ、ルキウスの人間と馬の下半身にぴったりとくっつけられた。
「ひっ」
ルキウスの立派な性器とカナタの貧相な性器が重なる。ルキウスはカナタの腰を持ったまま、自分の腰を上下に揺らした。
「ああああっ、やっだあっ」
大きさの違う互いの性器が滑り合い、時にカリ首が引っかかり緩急のある刺激が生まれた。
体験したことのない悦楽に自我を失いそうになって、恐怖を感じる。カナタはルキウスの手から逃れようと両手でルキウスの胸を押し返そうとするが、力が入らない。
だめだ。こんな強烈な性感は体験したことがない。いきたくていきたくてたまらない。
「おれじゃぁ…ッ、なくて、ルキウスがぁっ……いかなきゃっあ」
「ふっ大丈夫……俺もいきそう……はっ」
互いの呼吸がますます荒くなっていく。
ルキウスはカナタの尻の双丘を鷲掴み、逃さず、その弾力を楽しんだ。
「――んんっ」
噛み付くように小さな口を塞がれて、カナタの乾燥していた唇は舐められて切れてしまい口内に鉄の味が広まった。
それでもルキウスは接吻をやめない。強く吸われるのと同時にカナタは達していた。皮膚の熱さが、発情した牡の匂いが、カナタの身も心も支配していく。
ルキウスは人間の上半身から馬の下半身まで、全身を強張らせ、性器を爆発させた。弛緩したふたりの腹の間が大量の精液で汚れていく。
「……あ……いった……?」
「うん?」
鼻に抜けた声が優しい。
「ルキウス、いった……?」
「うん……そんなに俺をいかせたかったの?」
ルキウスの顔色はうなされていた時より良くなり、射精をした徒労感はあるが、晴れ晴れとした顔つきだった。苦しそうだった呼吸も徐々に正常へと戻っていく。
カナタを見詰める瞳は力強い。もう自我を見失い暴れはしないだろう。
よかった。発情は治まったようだ。
「ん……」
声を出すのも気怠くて、こくりと頷く。ルキウスはカナタの素直な反応に目を丸くして、口元を押えた。
「参ったな。黒衣ちゃんは真面目な世話係かと思ってたのに……いやらしい上に、寝込みを襲うほど俺を好きだったなんて」
頬を包むルキウスの手のひらが心地よい。切れて血の付いた唇をそっと拭われた。
違うんだ。これは治療行為で、ルキウスの発情を発散させたかっただけなんだ。言い訳をしたいのに、ルキウスの発情が治まったことに安堵してしまい、もういいかとカナタは考えることを放棄した。
目蓋が異常に重い。身体がだるい。
太い腕に優しく抱き締められた。
こんなかたちで体験したいと思っていた人馬の抱擁を受けるなんて。歓喜する心を叱咤する。
「離したくない……」
雨の音にかき消され、ルキウスの言葉が聞き取れなくて、聞き返そうと思ったのだけれど、そこでカナタの意識は途切れた。
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