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第2章 偽り(追憶 half a year ago)01

6つの理系学部から成る都内の私立大学。 大勢の多様な学生が通うこの大学の中でも宮白亜矢(みやしろあや)は、一際目立っていた。 男にしては色白で華奢な体。整った輪郭、やや色素の薄い茶色の髪、榛色の大きい瞳。 可愛い、というより、儚げな美しさを持った宮白の存在は、彼が入学した当初から知っていた。 時折、学内で見かけるあいつはいつも男に囲まれていた。 友人ではないことは見て取れた。ちらりと見えた宮白の横顔は、酷く冷めていた。 街中でも、あいつを見かけたことがあった。 特に嫌がる様子も見せず、促されるままに男に連れられてどこかへ消える。 また抱かれるんだろう……。 無表情で男についていくあいつを見て、そんなことをいつもぼんやり考えていた。 宮白亜矢は男と寝ている。しかも、極度の”サセ子”だと、そういった類の話はよく耳にしていた。 そいつの話題を聞いたところで、俺にとってはどうでもいいことだった。 これまで、両親や教師の機嫌をとるために優等生を演じ、高校ではやりたくもないのに生徒会長を務めた。 幸いにも、大学では興味のあった建築学の分野に進むことができた。それでも、向けられる期待の目から逃れられない。兄と比べられたくない、認められたいと、教授に頼み込んで1年の頃から研究室に入れてもらい、とにかく勉強に没頭した。 だから、浮ついた恋愛、ましてや男同士の肉体関係などありえない。こいつと関わることはたぶん一生無いだろう、と思っていた。 あいつと、宮白亜矢と、直接出会うまでは……――    * * * 後期が始まって間もない頃、学科のカリキュラムの一貫として行われる、1・2年合同の研究発表会の為のミーティングに、1年生の宮白亜矢は出席していた。 宮白は、よろしくお願いします、と艶やかな髪を揺らしながら、静かに頭を下げた。 次に顔を上げた瞬間、無機質な瞳が俺を捉えた。 チーム全員の目が一斉に宮白に向けられた。宮白はそんなことは気にも留めない様子で席に着いた。 宮白をこんなに間近で見るのは初めてだった。カーテンを通して射し込む夕陽のオレンジが、白い肌に反射していた。長いすだれ睫毛が頬に影を落とす。 「……沙雪(さゆき)?挨拶、一通り終わったけれど……」 無意識のうちにずっと宮白を見ていたらしい。隣に居る弥生(やよい)の声で、俺はふと我に返った。 プロジェクトリーダーを任されていた俺は、慌てて進行を促す。 宮白は俺が見ていたことも気づいていないようだった。 「……以上で終わります。お疲れ様」 そう告げるや否や、宮白の周りを数名の男達が囲んだ。 宮白は相変わらず笑顔も見せず、まるで無関心といわんばかりの態度だった。男達はそんな宮白のことを気にもせず、連れ立って会議室から出た。 「……そんなに気になるの?宮白亜矢」 「っ!弥生……」 気が付くと俺の後ろに弥生がいた。 「沙雪、会議中ずっと見てたよね。宮白亜矢のこと……」 「そ、うか?」 「うん。どうかしたの?……沙雪が他人に興味示すのって珍しいじゃん。まさか……宮白に惚れた?」 弥生にそう言われて一瞬どきりとした。 「いや……。そんなんじゃないよ」 そんなはずはない。単に宮白のあの容姿が珍しかっただけであって、惚れた、なんてそんなことは……。 「ふうん……まあ宮白に目が行くのは分かるけどね。目立つし。だけど、あんな盛った男共みたいにはならないでよ?リーダーさん」 ぽんと肩を叩いて弥生は部屋を出て行った。 一度は否定したものの、心の中には微妙な違和感が残った。 弥生の言葉が頭に浮かんでは消える。 『沙雪が他人に興味示すのって珍しいじゃん』 俺はあいつに魅了されていたのかもしれない。容姿だけではなく、俺と似たその無関心な眼差しに……。

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