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第2章 独占 05
《perspective:沙雪》
『これが本当の亜矢なんだよ』
そう言い放ったあいつの挑発的な目には、奥底にある執着心が垣間見えて、只々ゾッとした。
* * *
「さて……何の用かな、沙雪隆大くん?」
亜矢が立ち去って一ノ瀬と二人きりになり、暫し、互いに目も合わさず沈黙だけが流れていた。
その静けさが、高ぶっていた憤りを僅かに抑えていた。
呼び止めてはみたものの、俺はどうやって話を切り出すか悩んでいた。
「――貴方は亜矢と付き合っているんですか?……恋人同士として」
俺はできるだけ冷静に訊ねる。余裕が無いと思われるのは嫌だった。
一ノ瀬はじっと俺を見据えてから静かに口を開いた。
「……聞くまでもないことだと思うが?今の、見ていたんだろ?」
先刻の光景がフラッシュバックする。
一ノ瀬に縋って甘える亜矢。
あんな亜矢は見たことがなかった。俺の知っている亜矢は、他人に無関心で、いつもどこか冷たく影をもっていた。それは俺に対してもそうだ。笑顔を見せてはくれるが、偶に遠くを見ているような、感情のない目をしている時がある。そして、必要以上に俺に関わることはない。その微妙な距離感は、どれだけ体を重ねても変わらなかった。
「亜矢が世話になってるな。ちゃんと満足出来ているか?」
乾いた笑いを浮かべて、卑劣なことを言う一ノ瀬に、今まで抑えていた憎悪の感情が込み上げてきた。
「貴方はっ……、お前は……一体亜矢に何をしたんだ!何かあいつの弱みでも握ってるんだろ?脅迫したんだろ?」
「……は?何を言っているのかな、君は」
「だっておかしいだろ……っ!どうしてあんなに……お前に対して……っ」
俺がそう捲くし立てると、一ノ瀬は軽く嗤った。
「人聞きが悪い。……脅迫?亜矢があんなことを望んでしているはずがないと……?」
「ああ、そうだよ!あんなの、本当の亜矢じゃない!本物であるはずが無い!」
「君は何か勘違いしているようだ」
間髪を入れず一ノ瀬が言った。半ば呆れるように。
何が、言いたいんだ……?
無言で睨む俺を一瞥して、ふ、と一ノ瀬は冷笑した。
「俺もずっと前から、君に言いたかった事があるんだよ。でもその前に……」
路地の壁から背中を離し、俺に近づいた。目の前に鋭く光る紺青があった。
「――その目で確かめてみるか?
思い知らせてあげるよ。……もう二度と亜矢を抱けなくなるくらいにね」
促されるまま一ノ瀬の車に乗りこみ、亜矢と同棲しているという場所へ向かった。
都内駅チカの、いかにも高級感漂うタワーマンション。
此処で亜矢はこいつと生活しているのか、と遣り切れない思いが襲う。
「沙雪」
ロックを解除しながら、一ノ瀬が俺のほうを振り返り、言った。
「本当のことを知りたかったら、俺がこれからすることを黙って見ているんだな。
絶対に、阻んだりするな……いいか?」
俺は静かに同意した。微かにあいつが嗤った気がした。
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