37 / 126

第2章 独占 05

《perspective:沙雪》 『これが本当の亜矢なんだよ』 そう言い放ったあいつの挑発的な目には、奥底にある執着心が垣間見えて、只々ゾッとした。    * * * 「さて……何の用かな、沙雪隆大くん?」 亜矢が立ち去って一ノ瀬と二人きりになり、暫し、互いに目も合わさず沈黙だけが流れていた。 その静けさが、高ぶっていた憤りを僅かに抑えていた。 呼び止めてはみたものの、俺はどうやって話を切り出すか悩んでいた。 「――貴方は亜矢と付き合っているんですか?……恋人同士として」 俺はできるだけ冷静に訊ねる。余裕が無いと思われるのは嫌だった。 一ノ瀬はじっと俺を見据えてから静かに口を開いた。 「……聞くまでもないことだと思うが?今の、見ていたんだろ?」 先刻の光景がフラッシュバックする。 一ノ瀬に縋って甘える亜矢。 あんな亜矢は見たことがなかった。俺の知っている亜矢は、他人に無関心で、いつもどこか冷たく影をもっていた。それは俺に対してもそうだ。笑顔を見せてはくれるが、偶に遠くを見ているような、感情のない目をしている時がある。そして、必要以上に俺に関わることはない。その微妙な距離感は、どれだけ体を重ねても変わらなかった。 「亜矢が世話になってるな。ちゃんと満足出来ているか?」 乾いた笑いを浮かべて、卑劣なことを言う一ノ瀬に、今まで抑えていた憎悪の感情が込み上げてきた。 「貴方はっ……、は……一体亜矢に何をしたんだ!何かあいつの弱みでも握ってるんだろ?脅迫したんだろ?」 「……は?何を言っているのかな、君は」 「だっておかしいだろ……っ!どうしてあんなに……お前に対して……っ」 俺がそう捲くし立てると、一ノ瀬は軽く嗤った。 「人聞きが悪い。……脅迫?亜矢があんなことを望んでしているはずがないと……?」 「ああ、そうだよ!あんなの、本当の亜矢じゃない!本物であるはずが無い!」 「君は何か勘違いしているようだ」 間髪を入れず一ノ瀬が言った。半ば呆れるように。 何が、言いたいんだ……? 無言で睨む俺を一瞥して、ふ、と一ノ瀬は冷笑した。 「俺もずっと前から、君に言いたかった事があるんだよ。でもその前に……」 路地の壁から背中を離し、俺に近づいた。目の前に鋭く光る紺青があった。 「――その目で確かめてみるか?  思い知らせてあげるよ。……もう二度と亜矢を抱けなくなるくらいにね」 促されるまま一ノ瀬の車に乗りこみ、亜矢と同棲しているという場所へ向かった。 都内駅チカの、いかにも高級感漂うタワーマンション。 此処で亜矢はこいつと生活しているのか、と遣り切れない思いが襲う。 「沙雪」 ロックを解除しながら、一ノ瀬が俺のほうを振り返り、言った。 「本当のことを知りたかったら、俺がこれからすることを黙って見ているんだな。  絶対に、阻んだりするな……いいか?」 俺は静かに同意した。微かにあいつが嗤った気がした。

ともだちにシェアしよう!