57 / 126

第3章 戒め 02※

「!……っ」 あまりの予期せぬ状況に、声を失いその場で固まってしまう。彼はスーツ姿のままベッドの縁に腰掛けて、こちらをじっと見ていた。 「お帰り、亜矢」 「ど、して……?」 一瞬不思議そうな顔をしてから立ち上がり、ゆっくりと近づいて来る。 「どうしたんだ?そんなに驚いた顔をして」 「結月さん、帰ってくるの、明日じゃ……」 「明日の商談、リスケになったから今日帰ってきたんだ。早く、亜矢に会いたかったから」 ふわりと笑みを浮かべたあと、小さく首を傾げた。 「空港に向かう前に、君に電話したんだが」 「電話……」 ハッとした瞬間、唇が押し付けられた。 「っん……結月さ……」 荒々しいキスに腰が逃げる。 「亜矢……」 熱を帯びた声で囁かれ、スルリと服の中に滑らかな手が忍び入った。 ゾクリと全身に走る悪寒。 彼の手が、恐ろしくも沙雪さんのそれと交差した。 「っやめて……!」 思わず結月さんの胸を押して体を離す。 「亜矢?」 「ごめんなさいっ……今日は、疲れてて……」 顔を見ることができないまま、震えを抑え込むように拳を握り締めた。 ――忘れたいのに。あの人のことなんか……。 暫く無言だった彼が、ゆっくり口を開いた。 「……疲れてる?そうだよな」 静かな声が上から振ってくる。 「……沙雪に、あれだけ抱かれればな」 「え……」 彼の顔に視線を戻した瞬間、ぐいと腕を引かれた。ギッとベッドのスプリングが跳ねたかと思うと、一瞬にして天井が視界に入る。 「っな……!」 「なんで知っているんだ、という顔だな、亜矢」 僕を見下ろす結月さんの口元が歪む。見開かれた目は明らかにいつもと違っていて、瞬時に身体が強張った。 「あいつがこれを俺に送りつけてきた」 そう言って目の前に突きつけられたスマホの画面には、僕の痴態が映されていた。 「っ……!!」 さっと血の気が引く。……どうして? 「親切にもまあ、電話で可愛い声まで聞かせてくれて」 「う、そ……いつの間にそんなことっ……」 理解出来ずに動揺する僕を、紺青の瞳がじっと見据えている。 「気付いていなかったのか?キモチよさそうにしてたもんなぁ。……あいつに()かされて」 冷たい、全身を刺すような声。 彼は性急にジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイを荒く緩めた。 そのまま、顎を掴まれ、再び貪るような口づけをされる。その間にすべての服を剥ぎ取られた。 「嫌、ま、って……」 掌でそっと髪を撫でられる。額にかかった前髪を指先で流し、そこに唇が触れた。そのまま頬に、耳に、首筋に、啄むようにキスをされる。そして細い指が足の付け根をつっと伝い、中心のソレを掴んでゆるゆると扱きだした。 「っは……!んんっ……」 先刻(さっき)までの乱暴な扱いとは違う、いつもの愛おしむような手つきに思わず声を漏らす。 ふと、触れる手の動きが止まった。 「少し優しくしただけで……。沙雪にも、こんな調子で簡単に体を預けたのか?」 「っ……ちが……!!」 「調教が甘かったみたいだな、亜矢」 「え……?」 瞬刻の沈黙。そして、 「……君が一体誰のものか、そのカラダにもう一度教え込んでやる」 ゾッとするほど低く囁かれたその言葉に、何かが壊れる音がした。

ともだちにシェアしよう!