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第3章 戒め 03※

《perspective:結月》 あの行為が合意の上でないことは、電話でのあいつの口ぶりで直ぐに解った。すべては、あの日俺がしたことに対する報復。その被害者である亜矢を、慰めるどころかさらに(おとし)めるなんて、そんな鬼畜ともいえる事をするなど、微塵も考えていなかった。 それでも、俺の知らない匂いを全身に纏う亜矢を目の前にした瞬間、自我を失うほど、一気に黒い感情が心の中を支配した。 「結月さん……?」 俺を呼ぶその声さえも、今は憎い。 色白の身体に浮き立つように、全体に散りばめてある紅い痣。それを消し去るように上から口づけた。そして、先走りで濡れた中心を掌で擦りながら、ぷくりと腫れた乳首を舌で喰む。 「っはぁ……んん……っ」 甘い吐息を聞いて、あの男に抱かれている場面が、頭の中で鮮明に浮かび上がった。 「……あいつを煽ったんだな。こんな、声で」 「っ……違っ……あ!」 亜矢の体液で濡れた中指を後孔に挿入する。 指先にドロリとした感触。まさかと思ってすぐ指を抜くと、白濁の液が細い太腿の裏を伝った。 「っ、あいつ……!」 それを見て、狂わしいほどの怒りが湧き上がる。 「結月さん、違うんです!……あれはっ」 「解ってる。どうせ薬か何か使われたんだろ?」 「!っ……」 「なおさら許さない……!あんな卑劣な事を――」 「僕がっ、悪いんです……!」 言葉を遮るようにそう言い放った亜矢を凝視する。 「あいつを、庇うのか?今この状況で……?」  ――俺にとって、亜矢がすべてだった。 亜矢の本当の姿を見たあの日、告げた言葉に偽りはなかった。彼を、忌まわしい過去がもたらす闇から救いたいと、本気で思った。 亜矢が俺に向ける愛情に、濁りはないことは知っていた。 しかし、無意識に色香を振り撒く彼を、何もせず繋ぎ止めることなどできないのではないかと、情事のたびに強い焦燥に駆られていた。 本当は、他の男になど抱かせたくはなかった。 指一本も、触れさせたくはなかった。 それでも、亜矢を手に入れる術ならばと、あの密命に託した。 たとえそれが、亜矢の過去につけ込んだものであっても。 いくら非道な行為だとしても……。 結局、手に入らなかった。 どうすれば手に入るのか、もう解らない。 このままだと、酷くなる。この狂った感情が手に負えなくなる。 自分の震える拳を握り、固く目を瞑る。 追い打ちをかけるように、祖母に伝えたあの言葉、情景が、脳裏を過ぎ去った。 『笠原家と結ぶ覚悟は出来ています。でもその前に……少しだけ、時間をください……』 ああ、なんて馬鹿なのだろう。 亜矢と過ごす時間が有限であることを、忘れていたなんて。 そうだ。初めから間違っていた。 亜矢を、好きになってしまったこと。 傍にいてほしいと、自分のものにしたいと、願ってしまったこと。 必ず終わりが来るのに、“愛している”だなんて無責任な言葉を振りかざして、自分の欲望のまま亜矢を縛った。 それは、祖母が俺にした、そして、父が二人の女性にした、残酷な仕打ちと似たようなもの―― 所詮、血は争えないのだ。皮肉なことに。 後戻り出来なくなる前に、今、離れるべきなのだと思う。 もう二度と、俺を好きだという感情を抱けないくらいに。すべてを壊して。 最も、傷つくであろうやり方で……。

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