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第4章 再会 11
《perspective:千尋》
この状況を、一体どう理解すればいいのか。
亜矢は、乱れた服を整えることもなく、自身の肩を両手で抱きながら、ボロボロと大粒の涙を零していた。
「もういい」
暫くその姿を見つめた後、そう言い放って部屋を出た。嗚咽混じりの切なげな声が、後ろから纏わりつくように追いかけてきた。
出来るだけ優しくするつもりだったのに、知らないうちにピアス をつけられたことに腹が立った。終いには、他の男の名前を呼びやがる。
以前の俺だったら、亜矢が泣いて嫌がったとしても、何とかして気持ちを向かせようと躍起になっていたかもしれない。
しかし、そんな気が起きないほどに、あいつは俺の存在を目の前から完全に消し去ったのだ。
「恋する女みたいな顔しやがって……」
チッと小さく舌打ちして、バルコニーのチェアに乱暴に座る。禁煙中で封を閉じたままの箱を取り出し、煙草に火をつけ、そのままぼんやりと煙を燻らせた。
あんなにも、感情的に泣いているところは初めて見た。加えてあのカラダの変化。そんな状態にしてしまうほど、亜矢と深く関わった男とはどんな奴なのだろう。
日本を発つ時、俺は確信していた。
亜矢は昔から、良くも悪くも人の目を惹く男だった。その気になれば恋人なんて簡単にできる。相手は、おそらく女だけではないだろう。
そう思いながらも、確信していたのだ。
亜矢は必ず俺を待っていると。たとえ体を重ねたとしても、恋人だけはつくらないと。
恋や愛が何なのか、あいつがそれを理解する前に、強引に体を奪った。
そんな背徳を犯してまで、俺のすべてを亜矢に浸透させたつもりだった。
それなのに。
俺が4年も目を離していた隙に、驚くほどあいつは大人になって、綺麗になった。
そして、俺を忘れた。
そうしたのは紛れもなく、亜矢が「会いたい」と泣いた男。
「“ユヅキ”、か……」
亜矢が涙に混じらせながら呟いたその名前を、紫煙と共に小さく吐き出した。その途端に胸やけがした。
その単語を発したのは、ずいぶんと久しぶりだった。あの鈍く光った黒いピアスを、目にするのも。
まったく笑えない。
思い出したくもないあの男の名前を、何故、亜矢が口にする。
あの男がつけていたピアスと同じデザインのものが、どうして亜矢の左耳にあるんだ。
「……これは、ただの偶然だ」
先刻からずっと引っかかっていたものを、無理矢理嚥下するように、はっきりと口に出した。
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