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第4章 再会 20※
「あっ、千尋兄! どこ行って……」
エントランスホールに亜矢は居た。
俺の姿を目にした途端、駆け寄ってくる亜矢の手を強引に引いて、足早に会場を後にする。
「どう、したの……?」
戸惑いがちな問いに答えることなく、無言のまま車を飛ばした。
家に着くなり直ぐさま自室に向かい、亜矢をベッドの上に押し倒す。
「な、に……」
「早く、思い出せ」
衝動のままスーツとシャツを剥ぎ取り、露わになった肩口に噛みついた。
「俺を思い出せよっ……!」
「っや……だっ、やめ……」
両手を縫い付けるように固定したまま、舌で体中を愛撫する。掴んでいた手を離し、唾液で濡らした指を内太腿に這わした瞬間、亜矢が抗うように身を捩った。抵抗する腕を自分の首の後ろに回し、細い腰を引き寄せ、欲を晒した塊をそこに埋める。
一気に纏わりつく熱。くぐもった声が耳元で聞こえたかと思うと、背中に爪を立てられた。
緩急をつけて揺さぶる度に白い喉を仰け反らせ、浅く息を吐く。ギュッと固く瞑った目の端には涙が光っていた。
苦痛に歪んだ顔なんて、もう見たくはない。
だが、どうすれば優しくできるのか、なんて、今更解らない。だから……
「亜矢……お願いだ……」
早く、思い出して欲しい。俺に見せて欲しい。
あの恋い焦がれるような眼差しを。誘うように濡れた声を。従順に曝 け出される情欲を。
――あの罪は、一生愛することでしか償えないのだから。
「好きだ」
榛色の瞳が見開かれる。
「お前が……亜矢が、好きだ」
真っ直ぐに見つめて、もう一度告げる。たちまちその瞳が潤んだかと思うと、静かに涙が零れた。
亜矢は視線を合わせたまま、ふるふると首を横に振った。
「だって……彼女……此処に来た時、女の人と電話してたっ……」
「向こうの友人だ。彼女なんかいない」
「どうせ、他に好きな人……いるくせにっ」
「好きなのはお前だけだ。4年前、言っただろ。
“次また会うときは、全部俺のものにする”って。“一生離さないから”って」
「でもっ……あの頃はっ」
「あの頃とは、違う……!」
次々に紡がれる言葉を遮り、語気を強める。涙でぐしゃぐしゃの顔がさらに歪んだ。
「好きだなんて、今まで、一度だって、言ってくれなかったっ……」
細い腕が首の後ろに回る。温かい涙が首筋を濡らし、嗚咽混じりの声が耳を掠めた。
「遅いよ……」
「……亜矢」
「遅いよ……もう、僕はっ……」
震える唇に、自分のそれを重ねた。
これまでのように、性的な快楽を感受するだけの口づけではない。心の奥底から愛おしさが溢れるような、優しいキスをした。
「――知ってる。それでも、お前が欲しい」
痩せた体を力いっぱい抱く。
こんなにも熱く、亜矢を求めたのは初めてで。
こんなにも強く、亜矢が俺を抱き締めたのは初めてで。
この行為がもう二度と無いことを、暗示しているように思えた――
第4章 終
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