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第5章 真実 17
次の木曜日、仕事を終えるなり足早に図書館へと向かった。早く講演会のことを伝えたかったのだ。
だが、そこに一ノ瀬の姿はなかった。
まだ大学か、と思い、ノートパソコンを開いて論文を書きながら待つ。
いつの間にか集中していたのだろう。気づけば21時の閉館時間を知らせるアナウンスが流れていた。
きっと行き違いだったのだ、と自分を慰める。
これまで一度もこのようなことはなかったが、考えてみれば、今まではタイミングが良すぎたのかもしれない。特に時間を約束して来ているわけではない。互いに忙しい身だし、すれ違いなんて起こりうることだ。
いつも当たり前のように会えていたことに、慣れてしまっていた。
その翌週の木曜日。
偶然にも仕事は代休だったので、俺は正午を過ぎると直ぐにあの場所へ行き、一ノ瀬を待つことにした。
結局、閉館時間になっても彼は来なかった。
また体調を崩したのか?この前よりも、酷い状態なのか?
きっとまた家のことで何かあったのだ。あいつは変に真面目なところがあるし、絶対に無理をしているに違いない……。
誰かに無事を確認をすることもできず、ぐるぐると悪いことばかりを考える。無駄だと分かっていても、施錠された正面玄関の前から、暫く離れられなかった。
自宅へと向かう間も、頭の中は一ノ瀬のことで埋め尽くされていた。
知らないうちに何か嫌われることをしたのだろうか?
いや、まさか。だが、この前あいつに「出会えて良かった」なんて、気持ちの悪いことを言ってしまったから……。
――もし、このまま二度と会えなかったらどうする?
そこまで考えて急に強い焦りを感じる。
ひとりの人間に、こんなにも心を掻き乱されるなんて思ってもみなかった。
ふと、視線の先のビル群の合間から上弦の月が見えた。
綺麗なのにどこか寂しげ。先刻まで夜空を明るく照らしていたと思ったら、簡単に雲に陰り存在を隠す。名前の通り、まるで彼のようだ。
「だいぶ重症だな」
行き場のない想いを、自虐に乗せて溜息と共に吐き出した。
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