101 / 126
第5章 真実 18
その後の一週間は途方もなく長く感じた。
早く会いたいと逸る気持ちを抑え、いつもの場所に行くと、一ノ瀬は何事もなかったかのように、これまでと同じように、そこに居た。
「――良かった」
姿を見た瞬間、安堵の声が漏れる。
「何がだ?」
読んでいた本から顔を上げた一ノ瀬と久しぶりに目が合って、ゴトリと心臓が音を立てた。「何でもない」と、隠しきれない嬉しさに緩む唇を噛み締めながら、彼の近くに座る。
煩いくらいの鼓動を鎮めるように、ページを捲る白くて長い指を、暫くぼんやりと眺めた。
俺の視線に気づいた一ノ瀬に「さっきから変だぞ」と訝しげに見られ、「ああ、そうだ」と我に返る。
「来週の土曜日、俺の上司が講演会を開くんだ。お前、この間俺が持っていた宇宙資源の論文集、熱心に読んでただろ。一緒に来いよ」
鞄から取り出したリーフレットとチケットをデスクの上に置く。
一ノ瀬は手を触れないまま、それを凝視した。
喜んで受け取ってくれると思っていた。
だが、想像していたものとは真逆の表情を俺に向けた。
「――どうして、こんなことをするんだ」
恐ろしいほど冷めた瞳と、突然発せられた低い声に、思わずたじろぐ。
「いち――」
「前に俺が言ったことに同情したのか? それとも唯の厭味か?」
「な、に、言って……」
「自分の存在を否定され続けて、勝手に将来を決められて。好きなこと、やりたいこと一つ出来やしない。そんな生き方、あんたには一生解らないだろうな」
感情を押し殺したような声で淡々と言葉を繋ぐのを、俺は絶句したまま見つめるしかなかった。
「――もう、此処には来ない」
「は?」
「此処に居ることを知られてしまった。無駄な時間だと言われた。……本当にそうかもしれないな」
一ノ瀬は自嘲するように口元を歪め、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「当たるような真似をして悪かった。じゃあな、蓮見」
こちらを見ることなく歩き出したそいつの左腕を、俺は咄嗟に掴んだ。
「っ!何する……」
「“そうかもしれない”?それは、お前の本心か?」
「……」
「それでいいのか?本当に?」
掴む手に力が籠もる。気づけば、唸るように捲し立てていた。
「お前、今まで一度でも自分の意見、そいつらに言ったことあるのかよ?!
全部、家や生い立ちのせいにしていたようだが、それは違う……。ソトに出られないのは、お前が端 から諦めているからだろ!」
「そんなこと、あんたに言われなくても解っている!」
今まで聞いたことのない荒んだ声に怯んだ瞬間、右手が添えられ、腕を強引に解かれた。
「――蓮見の言うとおりだよ。最初から、諦めている」
鈍く光を宿すその瞳に、希望はまるで見えない。
「お前は、一生、そうやって逃げてろよ……!」
荒々しく吐き捨てたその言葉に振り返ることもなく、一ノ瀬は俺の前から姿を消した。
ともだちにシェアしよう!