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最終章 萌芽 06
「今日、薫さんの墓参りに行ってきました。そこで偶然、あちらの親族の方にお会いしました」
はっと見開かれた彼女の瞳を見つめながら、毅然と言葉を続ける。
「彼は色々な話を私にしてくれました。お祖母様と薫さんの母親との関係や、貴女が薫さんのことを実の娘のように可愛がっていたこと。そして父との結婚のときも、心から喜んでいたことを。
私はずっと、自分の生い立ちに引け目を感じていました。薫さんのことは、常に心に引っ掛かっていた。それにも拘わらず、知るのが怖くて誰にも聞けなかった。
彼女のことを知ったら、父を、産みの母までも、強く怨んでしまう。そして、自分の存在を自身で否定してしまうことになる。それがたまらなく、怖かったんです。
今日、このようなことがなければ、私は一生知らないままだったかもしれません」
祖母は口を固く閉じたまま、耳を傾けていた。真っ直ぐに引き締められた唇が、小さく震えているのが目に入った。
「お祖母様は、私が薫さんの死から目を逸らしていることが、ずっと許せなかったんでしょう?……今まで辛い思いをさせて、本当にごめんなさい」
ゆっくりと祖母に近づき、痩せ細った右手を取る。記憶上初めて触れたその手は、驚くほど冷たかった。
「お祖母様が、私を一ノ瀬に縛ることで、その傷が癒やされるのなら、それでもいいと思っていました。
でも私は、まだ彼――亜矢に心がある。このような状態で、詩織さんと結婚することは、それこそ、二人の母の死に対する冒涜だと思っています。
私は身勝手だ。償いたくても、これ以上、どうすればいいのか解らない。もう、貴女の前から居なくなることだけが、私に出来ることです」
彼女の瞳に畏怖することはもうなかった。そこに居たのは、威厳ある一ノ瀬グループの会長でもなく、いつも能面を被っているような冷淡な祖母でもない。哀しみを全身に纏った、ただ一人の女性だった。
「貴方も絶縁を望むのなら、もうそれで良いでしょう。話はこれで終わりです」
静かにそう言った祖母は、重なった俺の手を解いて、背を向けた。
その後ろ姿を見つめていると、二、三、歩いた足を急に止めた彼女が、徐にこちらを振り返った。
「――これからは、貴方の好きなように生きなさい」
その声色は厳しくも、微かに柔らかな表情をしていた。俺はそれに返事をすることなく、ただ静かに頭を下げた。
絶縁という形は、法的には何の効力もないことは知っている。
それでも、“一ノ瀬”の一切から解放されることに変わりはない。
あれほど望んでいた自由。
それが叶ったのに、まったく喜べないのは、この自由に意義などないから。
手に入るものも失うものも、自分には何もないからだと気づいたから。
あの人は、愛する人を手放すなと言った。
もう既に手放してしまった俺は、どうすればいいのだろう。
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