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最終章 萌芽 09

《perspective:亜矢》 『あいつはまだ、お前のことを愛している』 千尋兄の言葉が、まだ頭の中で響いている。 それは、本当なのだろうか……? 結月さんに会って確かめたい。でも、怖い。 もし拒絶されてしまったら、今度こそ立ち直れない…… 心が落ち着かないままそんなことを考えているうちに朝を迎え、眠たい目を擦りながら部屋を出る。 家の中に、異様に静かな気配を感じていると、ダイニングテーブルの上に置かれた一枚のメモに気が付いた。 (荷物は業者に取りに行かせる) それを見て、咄嗟に千尋兄の部屋へと足が向く。 扉を開くと、本や書類で雑然としていたそこが、綺麗に片付かれていた。 「千尋兄……」 紛然とした想いが心を搔き乱す。 千尋兄は優しい。 「好きだ」と言ってくれた彼が傍に居たら、この苦しい思いを閉じ込めたまま、寂しさを理由に縋ってしまうかもしれなかった。 そんな僕の弱さを、彼は一番解っている。だから離れたのだ。 自室に戻って、キャビネットの引き出しを開ける。 白い小さな箱が、数ヶ月前の状態のままそこに在った。 そっと手にとって蓋を開くと、初めて目にしたときと同じように、ブラックダイヤモンドが瞬くように美しく光った。 『亜矢は、俺だけのものだ』 ピアスを左耳につけたあの日、抱き締めてそう言ってくれた結月さんの声は、優しいのに熱っぽく、それが本気であることを物語っていた。 大好きな人が僕を必要としてくれていることに、言葉に出来ないほどの幸せを感じた。 彼と過ごした日々は幻想じゃない。 だから、もう二度と、好きになった気持ちを忘れたりなんかしない――

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