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最終章 萌芽 11
数年ぶりに訪れた一ノ瀬家の屋敷は、以前と変わらず荘厳な雰囲気に包まれていて、訳もなく緊張する。
「宮白さん、ですか?」
門の前で佇んでいると、聞き覚えのある声に呼び掛けられた。
「神霜さん……!」
「ああ、良かった。宮白さんに連絡を取りたいと思っていたのです。実は――」
「神霜さん、あのっ……」
焦りのあまり言葉を遮る形になってしまった僕の様子を見て、彼は一瞬ハッとした顔をしてから、困ったように眉尻を下げた。
「結月様は、もう此処にはおりません」
「えっ……」
「急に笠原嬢との婚約を解消すると仰って、会長と話をしたのち……結月様は、一ノ瀬との縁を切る形を選ばれました」
婚約解消……。絶縁……?
「じゃあ、結月さんは今どこに……!」
「我々も分からないのです。3日前の朝、気づいたら最低限の荷物だけ持って出ていかれたようで、“他は処分してくれ”と書き置きを残されたまま……」
「電話は……?」
「繋がりません。おそらく番号を変えてしまわれたのだと」
「――君が、宮白亜矢さんだね」
声がした方を振り返ると、スーツを着た男性が立っていた。初めて対峙するその人の纏う雰囲気に、何故か懐かしさを覚えてドキリとする。
「結月の父親だ。会うのは初めてだね。挨拶が遅れて申し訳なかった」
「いえ、こちらこそ……!」
僕は勢いよくお辞儀をした。
同棲することになったとき、一緒になってお祖母様を説得してくれたと聞いた。僕と結月さんの関係が、このような結末になってしまったことを、どう思っているのだろう。
「結月が出ていったのは本当のことだ。あの子もそれを望んでいた。……私には、この形でしか、あの子を自由にすることが出来なかった」
「自由に……」
同棲初日、結月さんの生い立ちを聞いた。はっきりとは言っていなかったものの、彼のお祖母様への感情は深い憎しみだったように思う。語る目は、長い間鎖に繋がれていたかのように、寂しく冷めていた。
手段はどうであれ、確かに、解放されたのだ。
自由になって、独りで、一体どこへ……?
「真っ先に君の所に行ったと思っていたのだが、違ったんだね」
沈んだ声で言われたその言葉に、目の前が真っ暗になる。
僕は何を期待していたのだろう。
会いに行けば、何かが変わると思っていた?
結月さんは僕を置いていったのだ。それがもう答えじゃないか。
それでも、会いたいと思うのは……
ギリ、と掌に爪を立てて、声を振り絞る。
「何でもいいんです……! 結月さんの行く所に、何か心当たりは――」
あぶり出しのように滲 み出た記憶に、僕は途中で言葉を噤んだ。
――そうだ、きっとあの場所だ……
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