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最終章 萌芽 13

『10日だ。それでも見つからなかったら、一度帰ってきなさい』 その言葉を約束に、一ノ瀬さんがフランスゆきの航空券と滞在するアパートメントを手配してくれた。 逸る気持ちをなんとか抑えながら荷造りをして、翌日の昼には日本を発った。 ストラスブールに着くと直ぐに、教えてもらった墓地を訪れた。鬱蒼とした森に囲まれたそこは、異世界のように静寂に包まれていて、木立の葉の擦れる音がやけに大きく響いていた。 「あっ……」 ようやく探し出した墓石の前に立った瞬間、僕は思わず声を上げた。 白のリボンで束ねられた、まだ瑞々しい薄青色の花。 風にそよぐそれを見て、波打つように心が震える。 ――この花の主は…… 「結月さん……」 まるで知っているかのように、その名前が唇から零れ落ちた。 明らかな証拠は無い。それでも、この花が心に訴えかけてくる。 「やっと、来られたんですね」 離れ離れになってから一度も会うことが出来ず、ずっと想っていたお母さんの所に……。 結月さんの憂うような眼差しを思い出して、胸の奥がじんと熱くなる。 身を屈め、語りかけるように墓石に触れながら、そっと瞼を閉じた。 此処に来たら、真っ先に伝えたかった。 彼の大切な人(お母さん)に。 「結月さんに出会えて本当に幸せだった」と。 さっきまで笛のように鳴っていた風が、柔らかなものに変わった。髪を優しく撫でるように、さらさらと頭上を通り過ぎる。 ひと目でいい。結月さんの姿を、あの笑顔を、この目で見たい。 たとえ彼が受け入れてくれなかったとしても、きっと、僕はもう一度、結月さんに恋をする――

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