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最終章 萌芽 14
《perspective:結月》
『結月さん、いつか一緒に行きましょうね。お母さんにも、会いに』
慈しむような柔和な瞳と声。
あの時そう言ってくれた亜矢の顔をまだ覚えている。
まさか、この場所に独りで来ることになるなんて。
とにかく早く日本を出たかった。
あそこに居たら、また無意識に亜矢を求めてしまう。
自分がこれから行くべき場所は、ただひとつしか残っていなかった。
長い年月が経っているのか、墓石に彫られた名前は消えかけているものが多く、探し出すのにずいぶんと時間がかかった。
ようやく見つけた母の墓は、まるで存在を隠すかように荒んでいた。正妻のそれとは真逆の惨状。
誰からも祝福されない恋だった。故郷に戻っても頼れる身内などなく、ひっそりとこの世を去ったのだろうか。
遣り切れない想いを抱えながら、出来る限り綺麗に清掃して、最後に花を供えた。
母が俺を胸に抱いた時間はどれ程あったのだろう。僅かな時であっても、幸せだと感じてくれていたのなら。離れた後も、俺のことを忘れずにいてくれたのなら――
早咲きの勿忘草。
こんなにも寂しい花は、此処に相応しくないのかもしれない。それでも、これを母に贈りたかった。
亜矢に教えてもらった誕生花。
そして、薄青色の小さな花が持つ言葉は、ささやかな願いだったから。
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