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最終章 萌芽 15
あれから1週間。
観光目的の短期滞在であればビザは必要ないが、フランスにこのまま留まるとなるとそうはいかない。これからどうしていこうか考えた末、生活の拠点はパリに決め、ストラスブールを出発する前に、もう一度墓参りをすることにした。
墓地に着いた頃には、今にも雨が降りそうな曇天が広がっていた。傘は無い。空を気にしつつ、足早に母の墓石へと向かう。
そこに近づいたとき、あるものが目に飛び込んできた。
靄がかる景色の中に浮かび上がるかのような、白の西洋菊。
それは、以前供えた勿忘草の花束の横に、寄り添うように置かれていた。
前に此処に来たときには、確かに無かった。
長い間、何者も訪れていなかったであろうこの場所に、生花が供えられているのは不自然だ。
一体、誰が……。
隣の勿忘草にふと視線を移すと、花と花の間に白い紙が挟まっているのが見えた。
それを拾い上げ、折り畳まれた紙を開いた瞬間に、踵を返して走り出していた。
勿忘草のもう一つの花言葉が脳裏をよぎる。
――「思い出」
風に揺れる花びらが、心の奥底にしまいこんだそれを、気づかせているようで。
(会いたいです)
数字を含んだ文字列に添えられたその言葉。そして見覚えのある文字に、心も体も、すべてが支配される。
頬に雨粒が当たるのを感じても、息が上がっても、駆り立てられるように地面を蹴る脚はもう止められなかった。
――母さん。最後にもう一度、人を愛してもいいですか?
そう願うことがたとえ罪だとしたら、何度でも懺悔する。
愛する人を、忘れられる方法があるのなら、誰か教えてほしかった。
忘れる術が無いのなら、再び出会うところから、始めればいい……
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