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最終章 萌芽 18※

外の激しい雨音とは対照的に、薄暗いその部屋はしんと静まり返っていて、それがいくらか心を落ち着かせた。 あの日、川で初めて出会ったときのように、ふたりともずぶ濡れの状態でいることが何だか可笑しくて、顔を見合わせて思わず笑った。 「亜矢」 左耳のピアスに唇が触れ、小さく名前を呼ばれる。その声に促されるように上を向くと、喰むように何度も優しく唇が重ねられた。 小さく舐められ受け入れたその熱い舌に、口内を弄ばれる合間にも、大きな手が濡れた服を性急に剥いでいた。 「ま、って、結月さん……」 「……嫌?」 「そ、じゃない……けど、このままじゃ、風邪を……」 キスで言葉が途切れてしまいながらもそう伝えると、「待てない」と、耳元で低音が響く。 「早く、君を抱かせて」 情欲を孕んだ瞳に見つめられ、甘く紡がれたその言葉に体の奥が疼いてどうしようもなく、彼のシャツのボタンに手を掛けると、再び、噛みつくようにキスをされた。 互いの服を脱がしながら、もつれるようにベッドへと沈み込む。口づけを交わしたまま、互いに冷めた体を温めるように掻き抱き、愛撫した。 「どうして泣いているんだ」 ふと、滑らかな指先が目尻に触れた。 「だって……」 僕に触れるすべてが優しくて、懐かしくて、幸せだから。 「亜矢は本当に泣き虫だな」 その慈愛を含んだ眼差しも、穏やかな声も、何もかも変わらないことが、嬉しいから。 だから……―― 「結月さんのすべてを、僕にください」 頬に添えられた綺麗な左手をそっと握って、薬指に唇を寄せた。 大好きな、細くて長い指。 霞んだ視界の中で、紺青の瞳がゆっくりと近づいてくる。額と頬に軽く口づけを落とされ、そして手の項に柔らかな唇が触れた。 「ずっと前から――最初に名前を呼んでくれた時から、俺は、君のものだよ」 口の中に、ゆるりと彼の薬指が入ってくる。 それを第二関節まで咥え込み、舌全体で愛しむように舐めた。 このまま、彼のすべてを、呑み込んでしまいたい……。 迫り上がってくる欲に唆されて、溢れる涙もそのままに、結月さんの腰に両脚を絡めた。 忘れることのできなかった熱い塊が、まるで欠けていたパーツがぴたりと嵌るように自分の体に馴染む。 心の内側もその熱さで満たすように、深いところで繋がったまま暫く抱き合った。 緩慢な動きに、切ないほどの悦楽が背を登ってくる。耳元を掠める余裕の剥がれ落ちた彼の吐息に、とうとう我慢ができなくなって、「いっぱい、して」と、縋るように首を抱いた。 シーツの海で、激しい律動に声も涙も散らしながら、与えられる彼の熱にひたすら溺れた。 身を捩る度に、優しく抱き寄せ名前を呼んでくれた声を、体温を、僕は一生忘れないだろう――

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