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第1章 密命 02-2
「……亜矢。亜矢、起きなさい」
遠くから結月さんの声が聞こえて、僕は眠りから覚めた。
重い頭を抱え体を起こすと、肌に柔らかな綿の質感を感じる。自分で寝間着を着た記憶はない。きっと彼が着せてくれたんだな、とぼうっとした頭で思う。
「亜矢、今日は1限からだろ。遅刻するぞ」
僕の顔を覗きこんで結月さんが言った。優しく髪を撫でられると、なんだか物凄く甘えたくなって、彼を困らせたい、なんて子供じみた考えが頭に浮かんだ。
「行かないっ……結月さんが激しくするから、あちこち、痛いもん」
自分から煽ったとはいえ、さすがに体はついていけなかった。
恨めしげに結月さんを見ると、「君が可愛いのが悪い」と、悪戯っぽい瞳を向けて彼が言う。
陽光を受けた端正なその顔にどきりとして、暫く眺めてしまった。
「僕、準備してきますね」
甘い空気に名残惜しさを感じながら、ベッドから起き上がり、シャワーを浴びようと寝室から出ようとした瞬間、背中に結月さんの温もりを感じた。
「どうしたんですか?」
「今日も抱かれてくるのか?……あいつに」
耳に唇が触れ、囁かれたその声は、何か不安げな色を含んでいた。
「結月さん……?」
顔を横へ向けると、噛み付くように口づけられる。深く舌を絡めたあと、ゆっくり唇が離れた。
「そんな顔、他の奴らの前でするなよ。……特に沙雪には」
再びギュッと抱き締められる。痛いくらいに力の篭る腕は、なんだか胸までも締め付けられるようで。きっとこれは、力のせいだけじゃない。
「っ……ゆづ」
「ほら、早く行きなさい」
何かあったのか訊ねようとすると、ポンポンと僕の頭に手を置いて、彼は自室に戻ってしまった。
沙雪さんのことになると、いつも結月さんの顔が曇る。明らかに僕が沙雪さんと寝るのを快く思っていない。……どうしてだろう。
僕は毎日、色々な男に抱かれる。所謂セックスフレンド。いや、そんなかわいい関係ではないかもしれない。
何故なら彼らは只の調教の道具でしかないのだから。
他の男の前では、絶対に絶頂を迎えてはいけない。そうしていいのは結月さんの前だけだ。
“性欲の制御”
これが僕へと課せられた密命だった。
結月さんを愛している。
だから、短い髪も言葉遣いも、左耳にあけたピアスホールも、全部、彼の言うとおりにした。
“俺だけにしか、感じないカラダにしてやる”
僕は今まで、この言葉に救われてきた。
それはこれからも、きっと変わらない。
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