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love you
昼休みになると、君は決まって姿を消す。
何処に行くの、なんてさり気なく聞いたりとか、後を尾行(つ)けてみようか、とか。
思ったけれど、結局は出来ていないまま。
大して仲が良いわけでもないのにそう言うことしたら、なんとなくウザがられそうな雰囲気が、君にはあったから。
だけどいつも、決まって後悔するんだ。
君の姿が教室から消えて、廊下からも消えた時に、やっぱり後を尾行けるんだったとか、声を掛けるんだった、とか。
そう思うたびに女々しさを嗤ったり、凹んだりしてた。
自分らしくない、なんて考え込んでは、やっぱり明日はどうにか動いてみよう、とか考えたりする。まぁ、結局何も出来ずじまいなんだけど。
だけど。
ここまで考えてから、いつもハタと我に返るんだ。
何でオレは、こんなにも君のことを考えてるんだろう、って。
新しいクラスに馴染めないって言うよりは、馴染もうとしない君を、心配してるんだろうか。だとしたら自分のお人好しも相当だ、なんて笑ってみるけど。
そう思うたびに、胸の奥の方に小さくて、でも鋭い痛みが走ったりする。
違うよって、小さく悲鳴上げてるような気がする。
だけど、違うんだとしたら一体何? なんて首を傾げて。答えはわざと見ないフリしたりして。
なんとなく、気付いたら苦しくなるって、知ってるんだ。
その痛みの原因に気付いたら、苦しくて辛くて、もっと痛くなるって、分かってるんだ。
情けない自分をそっと笑った後で、もうしばらくだけ、気付かないフリをしていよう、なんて考えてた。
----だけど、甘い考えは真昼の太陽に灼き払われた。
あの日、屋上に上がったのなんて、ほんの気まぐれだったけど。今はあの日の気まぐれを、素直に褒めてやるのは難しかった。
あの時オレは、初めて本当の君と出逢ったような気がしたんだ。
紙パックの紅茶片手に、太陽の光を目一杯その華奢な体に浴びて、気持ちよさそうにキラキラ笑ってた。
その笑顔を浮かべた君こそが、真実(ほんとう)の君で。教室で一人浮いてる君は、誰か違う人間が演じてるんじゃないかと思った。
そしてその瞬間に、呆然と悟ったんだ。
オレは君が好きなんだと。
「なぁなぁ、屋上行ってみぃひん?」
「屋上? ってか上がれんの?」
「らしいで。昼休みだけ鍵開けてくれんねんて」
「へぇ……」
「どうよ?」
「…………行ってみよっか」
「よっしゃ、行こ行こ」
男が4人も5人も連れだって屋上へ向かうのが、自分のことながらにおかしくて、みんなに気付かれないように胸の内で笑ってしまったけれど。
他愛もない会話を交わしながら、階段を上りきって屋上への扉を開けたら。
目映い光と、時折吹く風が心地良いそこで、女の子達がお弁当を広げてたり、男達が馬鹿話で盛り上がったりしてた。
その場所で、君が。楽しげに笑ってるのを見つけたのは、多分オレが一番最初。
その笑顔の柔らかさや雰囲気の違いに、呆気にとられて見つめることしかできなかったオレの隣で、赤井くんやん、と声が上がって。
ようやく我に返った。
大きすぎる音で鳴り始めた心臓の、その情けない動きを誰かに聞かれるんじゃないかと、ビクビクしながら。
心がもう、痛いほどに叫んでいた。
その笑顔をオレに向けて欲しい。
その笑顔を、オレだけに見せて欲しい。
オレだけに。
--------君のことが、好きだから。
どくん、と。
心臓が一回止まって、また動き出したみたいな危うい動きをして。
何度息を吸っても、酸素が肺まで届いてないみたいに息苦しくなった。
嬉しそうに紅茶を飲みながら、知らない誰かに無邪気な笑顔を見せてる君に、胸の奥がぎゅうぎゅう痛くなって、喘ぐみたいに小さく息を吸ったり吐いたりする。
無邪気を唇に浮かべて、悪戯な光を目に宿して。年相応を身に纏って立つ君の。
隣で笑うのは、上品な空気を纏った、頭の良さそうな顔をした1人の男で。
アイツが君の笑顔を独占してるんだと分かった瞬間に、苦しいほどの痛みはギラつく嫉妬へと変わる。
「あんな顔すんねんなー」
「なー」
「……」
「…………どないしたん? 恐い顔して」
「…………べつに」
渇いた喉に唾を飲み込んで、奇妙に掠れた声で呟く。
胸にくすぶる嫉妬の苦みを消すことも出来ずに、ただひたすら君を見つめていた。
*****
昼休みに君の笑顔を見つけた日の放課後。
「----昼休み、ずっと屋上行ってんの?」
「ぇ?」
下駄箱で君を見つけて、思わず声を掛けたオレに。
君は心底ビックリしたって顔をしながら、だけどゆるりと微笑って頷いてくれる。
「うん」
「オレも今日、初めて屋上行ったんだ」
「……知ってるよ」
「へ?」
意外な言葉に、今度はオレの方がビックリしてたら、君が楽しそうに----イタズラが見つかった幼稚園児みたいな無邪気な顔で笑った。
「知ってるよ」
*****
呆気にとられたみたいな君の顔がおかしくて笑ってたら。
君は、オレの顔をまじまじ見つめた後に、とてつもなく優しい顔をした。
「そうやって笑うんだ」
「……どういう意味?」
「屋上でも笑ってたでしょ?」
「……」
「教室の中で笑ってるトコ、見たこと無かったから」
「ぁ」
どうしてそんなことを知ってるんだろう、なんて思う先で、君がにっこりと、女子がキャーキャー言う顔をして笑った。
「教室でも、もっと笑えばいいのに」
屈託のないその笑顔と言葉とに、思わず吹き出す。
「そういうのって、女の子に言うことじゃない?」
「そう?」
「うん」
2人で顔を見合わせた後に、同時に吹き出して笑う。なんだか三流の青春ドラマみたいに思えたけど、別に気にならなくて。
気付いたら二人で歩き出してた。
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