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10・カンナギについて 前編

【カンナギについて】  それ以降、零はさらに大胆に遊ぶようになった。  仕事が立て込んでいるとき以外は人を呼び、自室に連れ込む。例の浅黒い男も度々訪れていた。反対に、僕との会話は不自然なくらい日常的な、当たり障りのないものだけだ。  本心に触れさせないような冷えた距離が、細かい針になって胸を刺した。  バイトとスーパーと家を往復するだけの生活で、唯一鼓動が大きく脈打ったのは、仕事の連絡メールの中に吉浦さんと大津さんの名前があったことだ。次の仕事はあの二人と一緒らしい。  正直不安だった。  初めての案件のときから、杏李ちゃんのことを忘れたことはない。同時に、彼らに対する不信感も拭いきれていなかった。 (また冷静さを欠いてしまうかもしれない)  かといって、気にしていない振りができる自信もなかった。  僕は腹を括ることに決めた。変に取り繕って後でややこしくなるより、自然体でいたほうがいいはずだ。  当日、集合場所に着くとすでに二人が揃っていて、吉浦さんの吸っているメンソールタバコの匂いが微かに僕の元まで届いた。 「おう」  と、大津さんが軽く手をあげた。 「……お久しぶりです」  声が硬くなりすぎないように気をつけながらも、二人の顔を見るのは気まずかった。  吉浦さんはちらと僕の方を見ただけでなにも言わず、大津さんに車を出すよう指示する。  三人で乗り込んだ車は町を離れ、山に向かって走った。吉浦さんが業務的な口調で告げる。 「仕事内容はメールで説明した通りだ。ある家に、依頼主の忘れ物を取りに行く。そのとき、そこに居るかもしれない人物には絶対に話しかけてはいけない」 「……幽霊かなにかですか?」 「さあな。それも含めて、これから本人に話を聞きに行く」  三十分以上走って山を一つ越えると、小ぢんまりとした町が見えてきた。大きなショッピングモールや高いビルのない素朴な佇まいだ。  大津さんが車を停めたのは駅前にある古びたカラオケ店の駐車場で、吉浦さんが携帯でなにやらやり取りをしていた。  しばらく待つと、僕と同じか少し歳上くらいの青年がこちらに近づいてきた。 「××社の方で間違いないですか」  吉浦さんが車から降りて頷く。 「××社の吉浦です。あっちは大津、その後ろが芦港です。本日はお時間いただきありがとうございます」  大津さんと僕も車から降り、吉浦さんの隣に並ぶ。 「神和(カンナギ)と申します。よろしくお願いします」  青年は礼儀正しく礼をした。服の上品な着こなしや所作に育ちの良さが窺えるが、表情は硬く、落ち着かない様子で時折周囲を気にしていた。 「先にご依頼内容の確認と詳細を伺って、軽く見積もりを出してから仕事に移る流れになります。そろそろ移動しましょうか」  吉浦さんは気を利かせたのか、神和さんをカラオケ店に誘導する。  大津さんが、「話聞くときはこういうとこのが都合良いんだ」と教えてくれた。  個室を一時間ほど借りて聞き取りが始まる。 「それでは初めに、取りに行って欲しい忘れもの、というのは神和さんの私物で、ご実家にあるとの認識で間違いないですか」  神和さんが頷く。 「なるべく早く……、家の者が出払っている内にお願いしたいです」  取りに行って欲しいもののリストは僕にも事前に共有されていたが、一昔前に流行ったゲーム機や漫画など、正直なところ子どもじみた印象を受けるものばかりだった。 「話しかけてはいけない人ってのは幽霊ですか?」  吉浦さんに続いて、大津さんが直球すぎる質問を投げかける。  神和さんの目が動揺したように少し揺れた。 「……私からはなにも言えません。ただ、絶対にあの子と話さないで。目が合っても無視してください」

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