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11・カンナギについて 後編
神和さんから話を聞き終わり、依頼を受けた証明になるようなサインを貰って、僕らは神和さんの実家に向かった。
「結局、例の人物の正体はわかりませんでしたね」
「なんであれ、俺らは頼まれた仕事をやるだけだ」
「吉浦霊感強いし、実際会えば幽霊かどうかわかるんじゃね?」
「え、そうなんですか」
吉浦さんは黙った。
淡々としていて無気力な吉浦さんが霊感の持ち主というのが意外に感じた。
カラオケ店から神和さんの実家までは車で十五分ほどの距離で、山道を登った町外れにあった。
木が多いからかとても涼しく感じる。
周りは立派な石垣で囲まれていて、外から中の様子は窺えない。正面に回ると和風の門があって、側にインターホンがついているのが生活感を感じさせた。
神和さんから預かった関係者用のカードをインターホン横のカードリーダーに差し込んで、鍵の空いた勝手口から敷地内に入る。
立派なお屋敷だった。
全体的に和風で、手入れの行き届いた庭園の向こうに、向かい合った二棟の建物が見える。
片方は黒と白の木材で建てられた純和風建築で、もう片方は増改築を繰り返しているのか、比較的新しい大きな規模の建物だった。白黒の建物の方に、僕らの目的とする部屋があるらしい。
「静かですね」
家の者が出払っていると聞いた通り、敷地内で人の動く気配は感じない。
それでも見つかると厄介かもしれないので、なんとなく皆で息を潜めて本家に侵入する。直後、
「ねえ」
背後で声がして心臓が飛び跳ねた。
いつの間にか、神社で見かける巫女さんの服を、黒と白で仕立て直したような衣装を着た人物が立っていて、こちらを見つめている。
「お兄さんたちだあれ?」
三人で顔を見合わせた。吉浦さんが軽く頷き、「先を急ぐぞ」と目で伝えてくる。
「あのねー、昨日から誰もいないの。退屈なのよー。お兄さんたちお客さん? 一緒に遊ぼうよぉ」
……強烈に違和感があった。
なにせ、その人物は二十歳か、それ以上の年齢に見える。にも関わらず、言動があまりに幼い。まるで、子どもがふざけて大人の着ぐるみを着ているみたいだ。
「……」
神和さんが言っていた人物であろう、「その子」を振り返ろうとした僕の肩を吉浦さんが掴んだ。
「やめておけ」
「でも、」
「関わったところで、俺らにはどうしようもない。そいつのためにお前の人生をかける覚悟はあるのか?」
不思議と零の顔が頭に浮かんだ。やるせない気持ちのまま、先輩たちについて目的の部屋を目指す。
「その子」は僕らがどこへ行こうとしているのか分かった様子で、「やっぱりお客さんなんだね」と嬉しそうに僕の腕に抱きついてきた。僕は返事をしてしまいそうになるのを必死に堪えた。
長い廊下を奥に進むにつれて、建物内の装飾は豪奢で上品なものになっていく。全てが黒と白で構成されていて、幻想的な空気に呑まれてしまいそうだ。
「ここだな」
しっかりとした造りの両開きの扉を見つけた。白木に独特の紋様が彫刻され、黒い象嵌細工があしらわれた優美な装い。つい最近誰かが出入りしたように、少しだけ扉が開いている。床には物々しい南京錠が落ちていた。いつもは外側から施錠されているのかもしれない。
「その子」が僕らの間をすり抜け、先に部屋に入って手招きしている。純粋すぎるほどの満面の笑みだ。
「いいか、反応するなよ」
吉浦さんが釘を刺した。
部屋の中は黒と白を基調にした上品な家具で統一されている、空間全体が芸術品のような美しい場所だった。
「その子」が、部屋の中央に設置された大きな和風のベッドのようなものに飛び乗る。柔らかな布が沈み込んで「その子」を迎え入れた。
変わったベッドだった。一人で寝るには大きすぎるし、正方形に近い形をしている。神社で神楽を披露する舞台にも似ている気がした。一部屋に置くにしては多い座布団が、ベッドを囲む様子がさらにその印象を強める。
「ここなんか色々あるぞー」
大津さんが人らしからぬ体勢で身をかがめ、ベッドの下から漫画雑誌やファッション誌、交換ノートなどを引っ張り出した。
「どれもリストにありますね」
「隅々まで探してくれって言われたから、こういうぱっと見では分かりづらい場所にあるかもな」
確かに、部屋を見渡しても子どもの持ち物らしいものは見つけられなかった。窓際の机に一台の携帯ゲーム機があったくらいだ。
「これもリストに」
「あっ」
ベッドの上の「その子」が声をあげる。僕が手に持ったゲーム機を名残惜しそうに見つめていた。
「……」
吉浦さんに促され、リストに印をつけてゲーム機を鞄にしまう。「その子」のお気に入りだったかと思うと胸が痛んだ。
その後も着々と仕事は進み、リストが埋まっていく。
タンスの中、家具の裏、箱の敷板の下……、忘れ物は本当に部屋の至るところに、隠すように散りばめられていた。
「ねぇー、遊ぼうよぉ」
ベッドの方から弱々しい声がする。
僕は先輩たちの目を盗んで振り返った。目が合った「その子」は嬉しそうな、でもどこか寂しそうな微笑みを浮かべて胸元に手をやり、服を開け広げた。赤みの強い薄紅色の慎ましい突起が二つ、薄く滑らかな胸板の上で花を咲かせたように、
「うわぁあっ!」
「うぉおおっ!?」
「あ、ごめん」
思わず吉浦さんの背中を押してしまった拍子に、吉浦さんが前に立っていた大津さんの方によろけ、抱き止めようとした大津さんが吉浦さんの胸板を揉んでしまったようだった。
「な、おま、芦港、なにやってんだ!」
「すすすみません、でもあの子っ」
「構うなって言っただろうが、さっさと終わらせるぞ」
ドスの効いた声に押し負け、仕事に集中しようにも、頭の中は大混乱に陥っている。
リストの項目は少なくはなかったが、妙に勘のいい大津さんの手柄によって意外とあっさり探し終えることができた。最終確認をして吉浦さんが頷く。
「よし。人が来ても面倒だ、さっさとずらかるぞ」
出口に向かう僕らに「その子」が駆け寄った。
「もう行っちゃうの? 寂しいよ、もっと一緒にいてよ、遊んでよ」
泣きそうな声音に後ろ髪を引かれるが、吉浦さんが痛いくらい僕の肩を掴んでくるので、振り向くことはできなかった。
外に出ると、太陽は真上より少し傾いていた。時刻にして昼の三時くらいだ。熱された植物の匂いが鼻腔を満たす。
門を潜って車に乗り込む間も、「その子」は僕らにつきまとった。「いざとなったら追いつけないくらい飛ばしてくれ」と吉浦さんが指示したが、その心配は無用で、「その子」は門の下でじっとこちらを見つめているだけだった。
あの悲しそうな、寂しそうな表情のまま。
「たまにさー、檻開いてんのに外に出ない動物いるよね」
大津さんの呟きが妙に耳に残った。
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