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15・飼い殺される天使たち 後編
ヒステリック気味の声音に神和さんの混乱を感じとったのか、吉浦さんは一度飲み物を勧めて落ち着かせる。
「おかしい、とは?」
「神和家は代々土地神を祀る巫女の血筋です。ですから多少のオカルトはあってもおかしくない。でもあの人はオカルトじゃない、紛れもない人間。いっそ人でないほうがよかった。そうだったら……」
「あの人は、何者なんですか」
僕は、以前吉浦さんがしたのと同じ質問を投げかけた。
神和さんは数回深呼吸をして、長くなります、と前置きをした。
「……あの人は養子として神和家に入ったそうです。私とは血の繋がりはありません。神和家の巫女は、神を身体に宿らせ人々と交信する手助けをする、口寄せ巫女に近いものです。世襲で巫女を選ぶ家もあるのですが、かつての神和家はもっと確実に神を人に宿らせる方法を探しました。その末裔があの人です。あの人には性別がありません」
顔を上げ、「あまり驚かれないんですね」と神和さんは言った。
青海さんの話と一致しているという驚きはあったが、性別がないという部分は半陰陽の知識の中で受け入れてしまっていた。慌てて言い逃れの台詞を考える。
「昔、知り合いから聞いたことがあります。半陰陽ですよね」
「そうです。あの人は女性器と男性器の両方を持っています。ややこしいので割愛しますが、それこそが神和家にとっては神の器の象徴でした。西洋でも、性別のない天使は完全なものとして扱われ、人間の憧れになりますよね。そんな感じなのかもしれません」
神和さんは話を続けた。
「半陰陽はそう都合よく生まれるものではありません。生まれなかったらどんな対策が取られていたのか、詳しくは知りませんが。少なくともあの人は物心つく前からあの部屋で育ってきたようです」
話す表情に微かな緊張が浮かぶ。
「私は、実家の口うるさいお目付け役が嫌になって、中学のとき本家に忍び込んだんです。そして見つけたあの部屋を気に入り、人の出入りが少なかったのをいいことに私物を持ち込んで秘密基地気分で遊んでいました。あの日はベッドの下で眠ってしまって、人が近づく気配で目が覚めました。慌ててタンスに隠れて覗くと、あの人と、私の母が入ってきました」
そこで、神和さんは大きくため息をついて頭を押さえた。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
吉浦さんの言葉に頷き、隠しきれない嫌悪を滲ませた声で言葉が紡がれる。
「神との交信の具体的な方法は、本家と私の家系の中でも一部の人間しか知らされていなかったと思います。私も、神の宿った巫女の加護を受けた人間は祝福される、とだけ聞いていました。ですから母が加護を受けに来たのだということはわかりました」
「母が寝台に上がって服を脱いだものですから、とても驚きました。あの人は慣れた様子で、母に甘え擦り寄りながら露出させた男性器で母を、」
神和さんが頭を振った。大津さんが背中をさする。
「……つまり、セックスしたんです。当時のあの人は私より数個年上だっただけのはずなのに、当然のように」
「……」
僕らは言葉を失い、顔を見合わせた。ベッドの上で、誘うように胸元を見せつけられたことを思い出す。
「母は何度もあの人の名前を呼んでいました。円、と。そう、私の名前も円です。「円」というのは本家における巫女を指すのだと、後で調べて知りました。そう思うととても気持ち悪くて、自分の名前すら憎らしく思えて」
神和さんが嗚咽し、両目から涙が溢れる。吉浦さんも大津さんも狼狽していたが、静かに話の続きを待った。
「私は両親や家が信用できなくなり、少しでも早く独立するために、高校は全寮制を選びました。今年都内の大学に受かり、今は家を出ています。それでも、あの部屋に残したものを諦めることはできなくて」
「それほど大切なものだったんですね」
僕の言葉に力ない頷きが返される。
「……母が大好きでした。私の名付け親は母です。父は婿養子なので神和家の事情にはそもそも詳しくないし、発言権もないので、私にとっては影の薄い存在でした。母は私に無償の愛を注いでくれて、私もそれに応えていた。当時の持ち物は母が与えてくれたものも多く、私が母との関係に露ほども疑問を抱いていなかった時期の象徴でもありました」
「だから、夏休みを利用して取りに行こうとしたんです。昔作ったスペアのカギで部屋の扉を開けたら、あの人がいました。一瞬頭が真っ白になって、次の瞬間には怒りと憎悪が湧いてきて。理不尽だと分かってても、あの人に、お前のせいで私の人生が狂ったと言わずにはいられませんでした。母親は子ども同然に歳の離れたお前とセックスする変態で、しかも子に同じ名前をつけ、父親は知らんぷり。めちゃくちゃだ、って」
「そしたらあの人はきょとんとした顔で、「それでもママのこと大好きなんでしょ?」って、言ったんです。私はなにも言えなくて、あの人を突き飛ばして、逃げました。次に会ったらなにをしてしまうかわからなくて怖かった。それで、こちらの会社に依頼したんです」
一気に話終えて、静かに泣く神和さんに対して僕らができたのは、ただ同情することだけだった。
本来はとても簡単な内容でも問題ない報告書に、概略だけ記したものを確認してもらい、話し合いは終わった。
帰る前の神和さんは少しだけすっきりしたような顔をして頭を下げた。きっと誰にも話せなかったのだろう。
「なんか、好奇心で踏み込んだのが申し訳なくなる話だったな」
吉浦さんの言葉に、僕は「ですね」と返す。
「いやぁ、面白い話だったね。あの神和家にそんな事情が……ふふふ」
どこからともなく現れた専務が、にやにやした表情で混ざってきて驚いた。
「聞いてたんですか?」
「さっき君にボールペン渡したでしょ、あれ盗聴器兼レコーダー」
絶句した。これは明らかにダメなやつではないか。
「あっ、チクっちゃ嫌ーよ。でもさ、結構重要な話聞くこともあるから、録音くらいしててもいいと思うよ? ネットとかには絶対あげないようにね」
ボールペンを回収し、上機嫌で去る専務の背中を見送りながら、その情報をなにに使うのか不安に思った。
僕らは三人で会社の休憩室に入り浸りながら、神和さんから聞いた話と新しく浮上した疑問を整理することにした。
「つまり、あれ、母親は神和さんを円の代わりにしてたってことか」
「なんのためにそんなことを?」
「そりゃあ、円に惚れてたんだろ」
吉浦さんの言葉で色々な疑問点のもやが晴れた。円を手に入れることはできないから、自分の子に名づけたのか。
大津さんは首を傾げていた。
「でも、名前が同じなだけで満足できるものですかね」
「そこなんだが……、神和さんの天使の話を聞いて思ったんだ。母親は別に円という人間に恋をしていた訳でも、神和さんを円という人間に投影していた訳でもない。母親が求めていたのは半陰陽的な、完璧に中性で天使みたいな存在だったんじゃないかって」
「……え?」
「一定数いるだろ、女のおっぱいとか男のちんこ目当てに関係持ちたがる人間。あれの中性版ってことじゃないかと思ってな。お前の知り合いの話でも出てきたが、子どもってのは中性的な上に従順で洗脳されやすい。自分の子どもとなればなおさら。神和さんは身体は男性だが、持ち物は女子みたいな趣味のものが多くあった。母親がそう教育したんじゃないか」
「……」
目眩が、した。
血の繋がった子どもを自分好みに教育して、飼い慣らそうとする親なんて、本当にいるのだろうか。
(いや、いるんだろう)
「依頼主さん、お母さんのこと本気で好きだったっぽいね。円と名前同じでショックだっただろうな」
大津さんが切なそうに言った。
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