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17・告白

【告白】  零を介抱して部屋を掃除し、お粥を作って二階にあがったとき、彼は僕がベッドに降ろしてあげた体勢のまま、生気の感じられない目で天井を眺めていた。 「死にたい」  なにも言えず頭を撫でる。 「俺なにやってんだろう」 「薬のこと、レイは知らされてなかったんだよね」 「うん……カクテル作ってくれた。多分その中に入れたんだ。知ってたら飲まなかった」  無機質な目から涙が溢れる。鼻をすすりながら、「薬はやらないって決めてたのに」と呟くのが聞こえた。 「お前が見せてくれたラムネみたいなやつ、エクスタシーだろうな。セックスドラッグとして使われる。通りで妙に気分がノると思った。馬鹿だな、俺……馬鹿だ」 「君があの男とのセックスで一番感じているように見せて、僕を遠ざけようとしたんだろう。君を縛って独占するために」  零が瞬きした。「なんであいつとヤって善がったらナギが遠ざかることになんの」 「それは、」  自分でも驚いた。零が性的に乱れているのは知っていたし、慣れていたはずだったのに、浅黒男と行為に及ぶ零を見たあのとき、たしかに動揺した。初めて目の前で人のセックスを見たせいかと思っていたが、それだけではないのだろう。 「僕が君に欲情していた、から」 「はっ?」 「あ、もちろんエッチなことできればいいって訳じゃなくて、お互い合意の上で気持ちも伴ったセックスを」 「ちょ、ちょっと待て」  動揺しているのか、上体を起こした零が距離を取るようにベッドの上で後ずさる。なんだか寂しくて、僕は逆に身を乗り出した。 「レイもわかってて僕を煽るようなことしたんじゃないの」 「あお、る?」 「やたら距離近かったり、風呂入ろうって言ったり、キスしたり、あれファーストキスだったんだよ責任とってよ」 「そうなの、悪かったって。お前変に堅物なところあるよな……ナギってなんか動物みたいで可愛いから、からかいたくなって」  身体の底で溶岩のような怒りがふつふつと沸く。からかうためだけにあんなことをしたっていうのか。僕にだって立派なものがついているというのに。 「つまり僕は君にとって愛玩動物(ペット)でしかなかったってこと? 僕から性欲を向けられることはないってたかを括ってたんだ」 「そういう訳じゃない、けど」 「じゃあなに」  ベッドに乗り上がり、相手の顔を両手で固定して暗い目を見つめた。零がひゅっと息を飲んで肩を跳ねさせる。 「……初めは、ほんの暇つぶしだった。お前の言う通りペット扱いだったのかもしれない。ごめん。だけどお前といるときが一番安心できることに気づいて、その時間を大事にしたいと思うようになった。他のセフレと同じような惰性の関係にはなりたくなかった」  零の言葉を何度も咀嚼する。しかし、いまいち意図が掴めない。 「どういうこと?」  零が笑う。慈愛のような、呆れのような、なにより、零自身に対しての嘲笑のような。 「お前が好きだったんだ。笑えよ、木菟引きが木菟に引かれたようなもんだろ」 「好き、って、恋愛的に」 「うん。気持ち悪かったら今まで通り振る舞うようにするから。でも身体だけの関係にはなれない、かもしれない。ごめんな」 「身体だけなんて初めから望んでないけど。僕はセックスするなら好きな人とがいい」 「え、でもお前俺に欲情したって」  言ってから少し間を置き、零はみるみる真っ赤になった。顔を覆いかけた手を掴んでベッドに押しつける。 「いつから?」 「わかんない。恋愛したことなかったから……ただ、レイとあの男のセックスを見てとてもショックだったし、君を独占したくなった。自分の気持ちもあの男と同じだと思ってた」  今ならはっきり違うと言える。浅黒男は私欲のために零を縛ろうとしたが、僕は零が幸せでさえいれば他はどうでもいい。彼が僕以外の誰かを好きであっても、彼を愛し続けただろう。 「なんだよ、俺たちなにやってたんだ」  そう言って零は泣きながら笑った。僕もつられて笑い、自分が泣いていることに気がついた。 「レイ、キスしてもいい?」 「……うん」  ベッドに押しつけた手の、繊細な指の間に自分の指を滑り込ませ、噛み癖のあるかさついた唇に口づけする。涙で濡れて少し塩辛い。  控えめに零の舌が唇に触れてきた。すかさず、食むように揉み込んで舌を絡ませる。口の中で軟体動物が交尾しているような錯覚を起こす。 「ん、ふぅ」  零の甘い吐息と、粘り気のある水音が、恥じらうように微かに聞こえるだけの空間。  シャワールームのときの激しいそれとは正反対の、壊れ物に触れるようなキスだった。  零にお粥を食べさせた後は、二人同じ部屋で寝ることにした。窓から入る風は秋の気配を含んでいて、身体を密着させると丁度いい温かさだ。 「こんなことなら全部とっておくんだった」  眠そうに目を瞑ったまま零が言った。 「なにを?」 「童貞処女もろもろ。お前みたいなやつに会うより、俺が死ぬ方がはやいと思ってたから、バージンとかどうでもよかった」  僕も、零と会う前は自棄を起こして野垂れ死のうと思っていたから、少しだけ気持ちはわかる。同情を込めて柔らかい髪を撫でた。 「もうしない。きれいな身体じゃないけど、せめてこれからはお前のために使いたい」 「レイのためにも使ってよ」 「じゃあお前のために使う、ために俺のために使う」  内緒話をするように二人で笑った。 「明日仕事行きたくないなぁ」 「いつも通りに過ごしたほうがいいんじゃない。最初飛ばすと後が辛いのはマラソンも薬物も一緒」 「なにそれブラックジョーク?」 「あはははっ」

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