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18・ヒーローについて

【ヒーローについて】 「いいことあった?」  隣で仁王立ちした大津さんに尋ねられ、思わず間抜けな声が出る。  今日の仕事は芸能人のお忍びの用心棒で、依頼主の用事が終わるのを、建物の前で立ったまま待機する時間が長かったから気を抜いていた。 「いいこと、ですか」 「嬉しそうっていうか、にやけてるように見えたからよー」  反対隣に立つ吉浦さんが頷く。「今日の芦港キモい顏してるよな」  僕は昨夜のことを思い出して、顔が熱くなるのを感じた。浅黒男の件を考えると喜んでばかりもいられないが、零と互いに両想いだったことを認識し、正式に交際できるとなって浮かれているのは事実だった。 「恋人ができた、というか」 「マジ? おめでたじゃん」 「お前恋愛感情とかあったんだ……」 「どういう意味ですかそれ。失礼ですよ」  吉浦さんと大津さんから冷やかされ、むきになって言い返しているところを、芸能人と一緒に店から出てきた班長に見つかり、仕事意識が足りない、たるんでると大目玉を食らった。 「けど芦港、数ヶ月前と比べて随分雰囲気変わったな」  仕事終わり、なんとなく三人で会社の休憩室にたむろしていたとき、吉浦さんが携帯灰皿にタバコを押しつけながら言った。 「DV父親と母親の件、警察に通報しようって言い出したのはちょっと焦った」  大津さんの言葉で、杏李ちゃんの顔が脳裏に浮かぶ。 「あのときは冷静じゃなかったです。すみません。でも正直、どうして警察に通報しちゃだめなのかは未だに理解してないし、納得できません」 「あー、」  吉浦さんが頭を掻く。 「新人には詳しく説明しないからな。この会社割とグレーな仕事もやるから、警察とマスコミには気をつけろって共通認識があるんだよ。後は俺らが個人的に信用してないってだけだが、あの程度の虐待だと警察は動かないか、厳重注意で終わるだろうな。児相もほぼ同じ理由で頼りにならない、部外者の通報ならなおさら。加えて、通報したことが母親にバレたら、それこそ手の打ちようがなくなる」  知らず、握った手に力が篭った。命に関わる暴力でなくとも、搾取され続ければ心は確実に殺されるというのに。 「俺らを軽蔑するか」 「いえ。あのときの僕らはあくまで、DV父親を追い払うために雇われた従業員でした。一時の同情心で介入できるほどの余裕があるわけでもない」 「よく分かってるじゃねぇか」  頭を小突いてきた吉浦さんの手を意図的に乱暴に払いのける。 「正直私らにできることはなかったから、父親に虐待のこと話したよ。母親には、父親が強引に家に入ろうとしてたところを警察に突き出したから、しばらくは安全だと思うってごまかした」  驚いて、大津さんの方に詰め寄ってしまった。「父親はどんな反応でした、その後どうなりました?」 「驚いてたよ。杏李ちゃんへのDVは知らなかったみたい」 「お前が言ったとおり、子どもの痣の写真を撮って父親に渡した。どう使うかは任せるって念を押して」 「……そ、っか……」  全身の力が抜けるような気がした。息を吐くような笑いが漏れて、気づけば、溢れる涙を止めることができなかった。 「変わればいい、なにか、少しでも」 「正直余計なことしたよ。なにも変わらないどころか悪く転ぶ可能性だってある」  大げさに肩をすくめてみせた吉浦さんと、笑ってその肩を叩いた大津さんがヒーローに見えた。 「ただいま」  家の扉を開けて声をかけると、ペタペタと向かってくる足音がして、零がひょっこり顔を覗かせた。 「おかえり」  はにかむような表情に愛おしさが込み上げ、自分より背の高い華奢な身体を抱きしめる。 「体調どう?」 「ん。大分だるいし憂鬱だったけど、ナギのこと考えて耐えてた」  柔らかい髪を撫でると「子ども扱いすんな」と怒られたが、彼自身満更でもないようだ。  二人で夕食を食べて風呂に入った後、ソファに座って色々と話をした。明日は休みだから時間はいくらでもある。 「あの男のこと、レイはどうしたい? エクスタシーが入ってた袋は僕が保管してるから、警察に突き出すことはいつでもできる」  零は僕の膝に頭を預けながら、しばらく考えていた。 「あの程度のいざこざならムショ入ってもすぐ出てくるだろうし、俺やナギが通報したって知ったら逆ギレしそうで正直怖い。多分、放っておいても薬関係で捕まるんじゃないかと思うんだ。定期的にキメてるっぽいとこは俺も見てたし……なにかしてきたら証拠として集めておいて、いざとなったら警察に突き出すか」  それからあの暗い目で、僕を見つめた。 「お前よく一人であいつ追い返せたね」 「頭に血が上って、シャベルで股間殴っちゃった」 「マジか」  笑いながら痛そうな顔をして股を押さえるものだから、ちょっとやりすぎたかなと萎縮してしまう。 「レイは今後あんまり人通りないところ行かないようにね」 「ん」  下から伸ばされた手が、首や頭を撫でてくる。じんわりとした温かさは二人が同じ場所に生きていることの証明だ。鼻の奥がツンとする。 「なに泣いてんの」 「や、ごめん。嬉しくて」  困ったような笑顔で強く抱きしめられて、余計に涙腺が緩んだ。  気がつくと暗かった窓の外は白んで、混じりけのない澄んだ朝日がカーテンの隙間から光の筋を落としている。ソファで眠ってしまったらしい。昨日立ち仕事だったからか、ふくらはぎが軋んで重い。いや、下半身全体がずっしりと、 「え」  慌てて身を起こすと、柔らかい髪に覆われた頭頂部が、僕の股間付近でもぞもぞと動いているのを見つけた。「あ、」という表情の零と目が合う。 「な、なななにやってるの」 「ごめん、我慢できなくなった」 「がまん?」  恐る恐る視線を下げれば、露出した僕の雄の象徴、つまり陰茎が立派に立ち上がって、零に頬擦りする様がはっきりと視界に映った。当の相手はにやりと口の端を吊り上げたかと思えば、先っぽをすっぽり咥えてくる。 「ちょっと、やめ、」 「ナギ最近抜いてなかったでしょ。匂い濃い」 「うそ、臭い? 抜くどころじゃなかったから」 「いや」  興奮する、と艶っぽく呟くものだから、股間がずくりと重みのある熱を持った。粘りのあるなにかが先端から染み出した気がする。 「なぁに先走ってんだよ」 「っどっちが」 「あ? えらく生意気だな」  身体を起こし目を細めてこちらを見下ろした零は、突然裾から両手を突っ込んで、僕の乳首をこね回した。 「あはっあはははっ、やめ、くすぐったっ」 「おらおらどーだ」 「ちょ、危ないっ」  暴れた拍子にバランスを崩した零を咄嗟に抱き寄せる。二人してソファから転げ落ちたが、ローテーブルに頭をぶつけるのは免れた。  僕の下で小さく甘い声があがる。硬くなった彼のものが太ももを押し上げてきた。 「……二階行こっか」

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