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第3話
いつから自覚があったのだろう?
馨はいわゆるイケメンで、人当りもよく、そりゃもう女子にモテていた。男子校だったけど、他校の女子が校門や駅で出待ちをしてることなんかもあるくらい。
「お嬢さま校の子がラブレター持ってきたこともあったよなぁ」
けれどそう言えば、そのどれもに馨は大して興味を示さなかった。
モテる男にはそれなりに苦労があるのだろう、いざこざに巻き込まれて嫌気が差してるとかありそう。当時はそういう風に思っていたのだが。
「そういうのもあったかもしれないけど、そもそも性的嗜好が女の子に向いてなかったんだな」
今ならそういうことなのだと分かる。
そう言えば、伊吹が大学に入って何度か合コンに誘ってもほとんど馨は参加しなかった。しても壁の花を決め込んで、ほとんど喋らない。
「悪いことした……」
知らなかったのだからしょうがない。そうも言える。けれど後から思い返すと悪かったなと思うところが沢山出て来るのだ。
「オレら、このまま疎遠になるのかな」
居酒屋バイトの帰り道。今日は近道はしていない。もしあの辺りが馨のテリトリーなら、きっと伊吹はうろつかない方がいいだろうから。
ただ、真っ直ぐ帰る気になれなくて、うろうろ足は繁華街を彷徨っていた。
金曜日の夜だから、どこもかしこも人で溢れている。
「…………なんか、酔っ払いたい気分」
一人なのでぐでんぐでんになる訳にはいかないが。
いつもなら馨が一緒で、自分がふわふわフラフラしていても家までナビゲートしてもらえていた。でも、そういうのも今後ないかもしれない。
「もしかして、親友って思ってたのオレだけ? っていうかこれからも友達続けてほしいって言ったの向こうじゃん……!」
だったら普通に接してくれればいいのに。
いや、親友だって思ってるなら自分から連絡すればいいのだ。今まで通り普通に。伊吹がそれをしないから、馨はそこに隔絶を感じて距離を取っているのだ。
実は分かっている。気まずいのは、怖いのは、しんどいのは圧倒的に馨の方なのだと。
友達を続けたいなら、伊吹の方がもっと動けばいいのだと。
「でも、オレ……」
けれどあの夜から、伊吹の中にはわだかまりがある。
馨に対してじゃない。自分に対して。
それを上手く捌けずにいるから、どんどん距離が空いているのだ。
「分かってる、今すぐ普通にふるまうべき、連絡の一つや二つ入れるべき……!」
そうだ、酔っ払おう、酒の力を借りてしまおう!
行き詰った伊吹はそう決意した。潰れたら悲惨なので、コンビニでしこたま酒を買い込んでやることにする。そんでその勢いで連絡の一つや二つや三つや四つ、入れてしまえばいいのだ。
洒落たバーがちらほら並ぶ通りを足早に過ぎる。
「失うには、惜しいんだよ。だって友達じゃんか……」
が、伊吹の決意は次の瞬間脆くも崩れ去った。
「え」
半地下の建物から出てきた男二人組に目が留まった。
親し気な様子の二人。距離がやたらに近い。腰に手とか回している。
片方は知らない。でももう片方は馨で。
「なんで……」
またあのざわりとした何とも言えない感情が伊吹の中に吹き荒れる。
もう片方の男が知らない男なのも問題だ。全く見覚えがない。そう、あの夜見た男とは背格好が全く違う。
これは一体どういうことなのだ。
「馨!」
知らないフリをして通り過ぎるなんて無理だった。
「伊吹……」
完全に不意を突かれたのだろう。馨の綺麗な顔が盛大に引き攣る。
「何やってんだよ!」
人様の私生活に口を挟む権利なんてない。例え馨が複数人と同時並行で関係を持っていたり、あるいは気楽なセフレ関係を築いていたとしても、伊吹には無関係なのだ。
そもそも今まで、偶発的に知るまで、馨は伊吹に自分の男関係を黙っていたのだから口など出してほしくないのだろう。
それでも。
「こっち来い……!」
伊吹は駆け寄り馨の手首を掴んでいた。そのまま、無理矢理に引っ張ってネオン煌めく夜の街から駆けて行く。
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