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第5話
「んっ!?」
何が起きているのか分からない。いや、分かっている。
馨に、対象外だと言われていた相手に、キスをかまされているのだ。
――――なんで?
掠める疑問に最適な解は出て来ない。
ただ、伊吹にも分かるのは。
「んっ、んん~」
男とか女とか関係なくて。
重なる唇はひたすらに柔く気持ちがイイということ。
二度三度柔らかく食まれたかと思ったら、忍び出てきた舌先が伊吹の唇の割れ目をなぞった。
「ふぁっ」
びっくりして、思わず開けてしまった隙間から当然忍び込まれる。
「伊吹、チョロすぎ」
吐息と共に吐き出された言葉ごと、口の中に侵入して来た。
「んっ、あ、まっ」
ねろり、絡め取られる舌。
互いの唾液が絡まる感覚に、伊吹の背にぞくりとした感覚が走る。
抵抗するという考えは浮かばなかった。馨から与えられるキスは恐ろしく熱っぽく、そして巧だった。ほとんど経験のない伊吹が太刀打ちできるようなものではなく。
「ぁ、かおる、んぅ」
ぴちゃぴちゃと暗い部屋に水音が響く。酸素が足りなくて意識が揺らぐ。
鼻で息をすればいいのだと、伊吹も頭では分かっているのだが、どうしてだかそんないつも当たり前にやっていることがちっとも実践できなかった。
口腔を擦られる感覚に陶酔が走る。互いに互いが恋愛対象ではないはずなのに、妙な気分がせり上がって来る自分のことが自分で分からなくなる。
「ん、んう、っぷは」
もうまさぐられているところがないのでは、と思うほどあちこちを舐め回されてから、ようやく舌を引き抜かれた。
「分かった?」
上がった息を整える間もなくそう訊かれる。羞恥で顔は上げられなかった。
「な、なにが」
「友情か、それ以外の感情か」
――――分からない、と思った。
嫌ではなかった。驚くほど忌避感はなかった。でもだからと言ってこれが恋情なのかと問われても、伊吹には未知のジャンルすぎて咄嗟に判断できなかった。
それにそもそも。
「そっちこそ、興味ない相手とここまでできんの?」
伊吹は馨のタイプではないはずだ。タイプでない人間相手にこんな濃厚なキス、よくするよと思う。できてしまう馨に、何だか腹まで立ってくる。
「――――なくはないよ」
「なにそれ。それはジャンル分けした時に、一応オレが“男”に分類されるから?」
タイプでなくとも、相手にはできるという意味だろうか。
「っ、必死だったんだよ……!」
けれど返って来たのは振り絞ったような声で。
「どうすればいいのか、一番マシなのか必死に考えた」
ハッとして顔を上げれば、馨の顔はひどく歪んでいた。
「驚いた顔が頭から離れなくて、なんでってその言葉がずっと頭の中で繰り返し響いて。どうしたらこれ以上伊吹に拒絶されないか、気持ち悪がられないか、これからも“友達”でいられるか」
泣きそうな目をして。耐えられなくなったように心の内を零す。
「性愛の対象じゃないって言えば、安心してもらえるんじゃないかって」
「かおる……」
「嘘だよ。伊吹のこと、そういう目で見てた。もうずっと。ホントは高校の時から」
諦めたように、どこか投げやりな感情さえ滲ませて。
「でもお前はヘテロだし。オレのことをそういう対象としては見ないって分かってたから。一番の友達のポジションで一生甘んじる、いや、そのポジション守れるなら、もうそれだけでとんでもなく贅沢なことなんだって、そう思ってた」
わざとだよ、と馨は言った。
「わざと、伊吹とは全然違うタイプの男選んで、それでやり場のない感情と性欲発散して、その場限りの関係で済ませて。伊吹と似たような誰かって思ったことがない訳じゃないけど、それをしたらもう二度と伊吹に顔向けできないような気がして、それだけではできなくて」
気持ち悪いだろ、十分邪まだよ。
そう言う馨の腕を、伊吹は気付けば掴んでいた。
そんな風に言ってほしくない。そんな顔をして、必要以上に自分の気持ちを呪ってほしくない。
「バカだな、伊吹。突き離せよ、オレ、お前に欲情すんだぞ」
「そっ、それは、でも」
「まだ分からないって? じゃあまだ試す? どこまでオレのすること許せるか」
「っ」
何が正解か分からない。
失いたくないものは何なのか。どんな形なら良いのか、受け入れられるのか。伊吹のとぅってのベストと、馨にとってのベストは違う形なのか。
でも、咄嗟に掴んだ腕は話せなくて。
「伊吹、ちゃんと拒め。取り返しのつかないところまでして、お前を必要以上に傷付けたくないし、オレだって変な期待はしたくないんだよ」
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