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magic of love
「……今日からまた学校かぁ……」
この台詞を、苦しいような嬉しいような気持ちで呟くようになってから、どれくらい経つのだろう。
学校に行けば、彼に会える。
けれど、会うのが少し苦痛でもある。
それでも、顔を合わせるのは嬉しくて。
そんな堂々巡りを繰り返して、結局は自然な態度の取り繕い方の練習をするなんていう、今時中学生でもしそうにない片想いに、未だにケリを付けられずにいる。
こんなに情けなかったかな、なんて自分のヘタレ具合に溜息を一つ。
「--------仕事」
言い聞かせるように呟いてから家を出るのも、ここ最近の習慣だと気が付いて。
やれやれと、もう一度苦笑した。
「……何やってんだろ……」
朝の職員会議が始まる5分前。呼び出し音を聞きながら時計と隣の空席とを見比べて、小さく呟いた。
朋弥はまだ来ていない。
元々そこまで早く来る方ではないし、どちらかと言えば遅く来る方だけれど。ここまでギリギリになってまで来ないと言うことは、今までには無かったはずだ。
「……やっぱり繋がらない……」
前の席に座って電話を掛けていた教師の台詞に眉を寄せながら、自分も一向に繋がる気配のない携帯を耳から離す。
「ケータイも繋がらないです」
「……もしかしてまた迷ってる、なんてことは……」
「まさか。もう半年は経ちますよ」
それに着任式の日以来、迷子になった、なんて話は聞いていないし、遅刻もしていない。
どうしたんだろう、なんて職員室中が首を傾げる中で、空席をじっと見つめる。
早く来いよ、なんていう祈りも虚しく、朋弥の席は空席のままで会議が始まって。
会議が終わっても、朋弥の席は空席のままだった。
結局、朋弥と連絡が取れないままに放課後になって。
絶対今日中にするべき仕事だけ片付けて、さっさと車に乗り込む。
今日はこれから朋弥の家に行ってみるつもりだった。
以前に何度か酔った朋弥を送っていったことがあるお陰で、家の場所は解っているし、忘れ物大王をフォローする合い鍵の隠し場所も把握済みだ。
(っとに……何やってんだよ朋弥は)
イライラしながら学校を出て、一番近そうなルートを頭の中に思い描く。
落ち着かない気持ちで運転しながら、黄色信号を突っ切った。
表札を確認してインターホンを鳴らす。それだけのことに緊張したのは、バカみたいにウブな恋心のせいで。
二度鳴らしても出てくる気配がなくて、探し当てた鍵を鍵穴に差し込むのを躊躇ったのは、多分ほんの少しの疚しさのせい。
カチャリ、と鍵の開く音を聞いて、思わず一度謝った後。
「……朋弥?」
こっそりとドアを開けて、その隙間から呼びかけても返事はなくて。
留守かな、なんて思ったのも束の間
「--------朋弥?」
奥の方に人影を見つけて、ようやく中に入る。
「何してんだよ」
いるんじゃん、なんて苛立ちを隠さずに、そう声を掛けるけれど無反応。
無視すんなよと、怒りながら呼びかけても返事はなくて。
おかしいと気付いた瞬間に、靴を脱ぎ捨てて駆け出していた。
「朋弥?」
近付いてみて気付くのは、朋弥が床に倒れているという状況で。
血の気が引いていくのを感じながら駆け寄って、華奢な体を乱暴に揺すりかけて
「……何、この熱」
触れた体の熱さに気付く。
どーすんだ、なんて一人で慌てていれば、固く閉じられていた瞼が開いて、熱に潤んで焦点の合っていない瞳が現れる。
「朋弥っ。解る? オレ」
「ぁぃざ?」
「ぉまっ……何、その声」
かろうじて自分の名前だと判断できたけれど、唇の動きを見ていなければ解らなかったであろう酷い声だった。
「……病院行ったの?」
問いかけにゆっくりと首を横に振った朋弥の腕を自分の肩に回して、力の入っていない重い体を支えて
「ぁいざ?」
「病院行こ。……てか、なんでちゃんと着替えてんの?」
「がっこ……行こ、と……思っ、た」
「バカじゃないの!?」
「あさ、は……もっと……マシ、だった、から」
「あー、もういいよ、喋んなくて。聞いてるこっちが痛くなる」
何だよソレ、と噎せながら怒るのを適当にあしらってから。
「めちゃくちゃ心配したんだからな」
とりあえず一番言いたかった一言を呟いてから、着たばかりの家を出て車へと急いだ。
「お前はホントに……子供じゃないんだから自己管理くらいちゃんとしろよ」
「……ゴメン、……なさい」
「大体な、朝はマシだったとか言って……ならなんで連絡くらいしてこないんだよっ。心配するだろっ」
「ごめん」
ったく、なんてプリプリ怒りながらも、相沢は台所と寝室を何度も往復しては、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
この上で、実は着替え終えたら辛くて立てなくなった、なんて言ったら更に怒られるだろうコトは目に見えていたので黙っておくことにした。
変だなぁと思ったのは、3連休初日の土曜の話で、放っといたのが悪かったのか、月曜の夕方頃から熱が出て。今朝になったら、体温計は面白いくらいの温度を教えてくれた。正直、体温計が壊れたとさえ思ったほどだ。
----それでも。
ホントにもう、ってまだブツブツ言いながらリンゴを剥いてくれる相沢を、布団の中から出した目だけでチラリと窺う。
(逢いたかったんだ)
いつだろう。
相沢のことが好きだって、そう自覚したのは。
だけど、簡単に想いを告げるわけにはいかないと、必死で隠していた。
言ったところで拒絶されるだろうコトは目に見えていたし、最悪の場合、今のこの関係が完全に壊れてしまうかも知れないと、考えただけで苦しくなって。
想いを告げずに苦しい思いを続ける方が、きっとよっぽどマシな「苦しい」だと思って。
想い続けていくことは許して欲しい、なんてワガママを思いながら、相沢に会える毎日を楽しみにしてた。
「はい、りんご」
「…………」
「……何、その半笑い」
「だって、ウサギだし」
「いーから食え」
「……無理」
「なんで」
「食べたくない感じ」
「だめ」
一口でもイイから、なんて無理やり手の上に載せられて、ありがと、とモゴモゴ呟きながら、わざわざ家に来てくれた上に病院にまで連れて行ってくれて、リンゴまで剥いてくれる優しさに、少しだけ泣きそうになってるのは。
風邪ひいて弱ってるせいだって、思いたかった。
*****
残ってしまったリンゴをラップで包んで冷蔵庫に入れて。水の入ったペットボトルと、新しい冷えピタを持って部屋に戻ると、朋弥はすっかり眠っていた。
苦しげな寝息。
それでも、つついた位じゃ起きそうにないかな、なんて思ったのは、ペットボトルを机に置き損ねて、ぼとんっなんていうデカイ音を立ててしまった後。
良かったとホッとしながら、もう冷たくないと文句言ってた冷えピタを額から外して、新しいものに貼り替えてやる。
「ん……」
「ッ」
小さく漏れた吐息に、ギクリとしたのは、起こしてしまったかも知れないと、思ったせいだと言い切りたかったけれど。
そんなことで片付けられない胸の鼓動に、何の言い訳も思いつかなくて。
(……しょーがないよ)
好きなんだから。
心の中で小さく呟いて苦笑してから。
よく眠っている朋弥の、紅い唇に唇を寄せた。
(早く治るといーな)
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