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第2話 那津
終電が行ってしまった駅はバタバタしてる。
気づくと幅をあけた右斜め前方向に、
少し速足で歩く一人の男が視界に入った。
横顔がチラリと見えたそのヒトは、
明らかに高そうなブランドモノのスーツを完ぺきに着こなして、
磨かれた靴とチラっと腕時計を見る、
そのすべての仕草が隙がなく、そしてどこか品がよく、映った。
酔っ払いも多い、
終電を逃した輩がざわついているこんな場所にはどこか不釣り合いで、
なんとなく視線がそのヒトを追いかけて、ついつい自分も速足になる。
酔っぱらった頭で感じる違和感と妙な好奇心が入り交ざって、
歩きながら視線がその男から離れない。
おまけに、その横顔はびっくりするほど男前なのだった。
「おにーさんも終電逃した?」
すでに感じていた好奇心と、真夜中の切羽詰まったいまという現実が、
その男に声をかけることを自分に許した。
可愛いと定評のある笑顔を貼り付けて、
小走りで近寄ってその背後から話しかけると、
振り向いたくっきり二重の大きな瞳に捕まった。
その人はわざわざ歩くスピードを緩めてこちらを眺めると一瞬、
怪訝な顔をして、
「・・ああ」
けれども意外にもちゃんと返事をしてくれた。
瞬間、ドキリとした。
それは短かったけれど、低く、身体のオクに響くオト。
品と艶と色気のある、その人に似合った、
なんていうか真っすぐな透明な声だった。
そうして、人知れずドキドキしてるオレを知らんぷりで、
はぁ・・っと大きくため息をつくとまたスタスタと、
駅の改札口の方へ歩き出す。
「っおにーさんどこまで?」
「あ?」
慌てて追いかけながら声をかけて引き止めると、
それでもおにーさんは無視することなく返事を返してくれた。
「だからどこまで行くの?」
「なんで?」
整った顔の眉の間にしわが寄って、
その表情にはどこか迫力があることに、
ずいぶん酔っぱらってるオレは幸いなことに気づいていない。
「タクシーで帰るでしょ?行き先同じ方向なら一緒に乗らせてくれない?」
上目遣いで首をかしげてるその仕草にも、定評がある。
惜しげもなく色目をつかいながら、その人を見つめた。
「だからなんで?」
「・・・」
定評があるのは事実だったけれど、
それはノンケ相手ではなかったことを思い出すと気を取り直す。
「オレちょっと飲みすぎちゃってタクシー代足りないんだよね。
出来たらおにーさんと折半させてくれない?」
よれたぺろぺろのTシャツに、これまたよれたジーパンをはいた、
明らかに酔っぱらいすぎてる
見た目年齢マイナス5歳のオレみたいな若造の言ってる言葉を、
綺麗な顔と声を持つこのヒトがどう感じたのかはわからない。
「お前この辺のタクシー乗り場わかる?」
少し目を細めて。
けれど、決してイヤな感じではなくおにーさんはそう言った。
「うん。すぐつかまるトコ知ってるからそこまで行こ」
ちゃんぽんされた脳みそは、断られなかったことに気分が良くなると、
金持ちそうで育ちの良さそうなそのヒトをまるで誘うようにして、
改札の向こう側へ手引きした。
ーーー・・・
「あ~助かった。ありがとねおにーさん」
相変わらずニッコリ営業スマイルを向けて。
「あ、おにーさんち、先でいいよ」
タクシーに乗り込んだ途端、オレは言いたいことを先に言った。
「わかった」
頷きながら短く言うと、名前も知らないそのおにーさんは
タクシーの運ちゃんに自分の行き先を告げる。
それはオレの実家とは真逆の方向だったけれど、
車が走り出してしまえばようやく心の中でホッとして、
背もたれに深く身体を沈めた。
タクシーに乗り込んじゃえばあとはもうどうにでもなるだろう。
狭いタクシーの後部座席。
おそらく今日、相手をすることになるであろう
すぐ隣にいるその男をチラリと見る。
・・・よく見なくてもすげーイケメン・・・
声も印象的だったけれど、そのヒトの顔面はやたらと整っている。
イケ散らかしたスーツ姿で、やっぱりどこか品よく座って何も言わずに、
色っぽいカタチをする紅い唇に人差し指を軽く当てて、
そのヒトは窓の外を眺めている。
ただソコに座ってるってだけなのに、
その佇まいやキレイに短く切りそろえられた爪さきや、
ひどく印象的なくっきり二重なんかが嫌味なく、
取り巻く周りの空気中に『イイ男』ってのをだだ漏らせていた。
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