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第4話 那津
「おにーさん、一人暮らし?」
部屋には女がいるだろうか・・・とよぎってそう聞くと
「ああ」
どこか素っ気ないけれど、けれどもまた、ちゃんと返事をしてくれた。
その返答の速さと力の抜け具合で、
このヒトは本当のことを言っていると直感する。
すると、おにーさんのかざしてた携帯がピッと鳴って
「ここまでは出すよ」
間近で視線が絡むとやっぱり、整いすぎてるその顔面にドキリとした。
「気を付けて帰れよ」
「っ・・」
おまけにそんな距離間で、そのイケメンは突然、無防備にふわりと笑った。
その笑顔に一瞬オレは見惚れて言葉に詰まる。
このヒトと過ごした短い時間の中で、はじめてこのヒトの笑顔を見て、
それがあまりに「少年のよう」だったから、
少し前に見た、
あの横顔を持つ男と本当に同じ人物なのかと脳みそが驚いている。
レシートを受けとって携帯をしまうのとほどんど同時に、
おにーさん側のタクシーのドアが開くと
「じゃあな」
おにーさんは何のためらいもなく外に出ようとするから、
「っちょ・・待って、オレも降りる」
慌ててそう言った。
「お前もここら辺なの?」
「ん~・・・実はオレ、お金ないんだよね」
肩をすくめて両手をひらひらさせると、
ごまかすように笑いながらも本当のことを言った。
「・・はぁ?」
動きが止まってこっちを見るおにーさんの整った上品な顔が、
どこか怒ってるように歪む。
それはドキリとする怖さがあるけど、
それでもやっぱりその綺麗さと上品さは隠せない。
「まぁとりあえず降りよ。運転手さんに申し訳ないじゃん」
まるで自分が正しいみたいにそう言えば、
おにーさんは反射的にタクシーの運転手を見て、
気まずそうに瞼をパチパチっとした。
「お前・・」
次の瞬間にはへらっと笑うオレを一瞬、睨む。
けれども無言でタクシーを降りるから、オレも慌ててそれに続いた。
「じゃあな」
降りてすぐ、おにーさんはオレの方を見ないで言って、
スタスタと足早にエントランスに向かってしまう。
「ぁっねぇ・・迷惑ついでに泊めてって言ったら怒る?」
後ろから着いて行って可愛らしく言ってみたけれど・・・
「お前なに考えてんの?」
おにーさんは背中を向けたまま顔だけこっちに向けて、
呆れたって空気をまといながらどこかギロリとオレを睨んだ。
それなのに、その声もその表情も、なぜか低く身体に響いて心地がいい。
「オレ今日、行くとこないんだよ。だからお願い」
立ち止まってくれないおにーさんに、
追いかけながら両手を合わせてお願いのポーズをとる。
「ありえねぇ」
呟くようにポツリと、どこか見下すように言い捨てると、
オレを無視してタッチパネルをタップする。
「ねぇ・・一晩だけ。お願い、待ってよ」
「いい加減にしろよ」
「行くとこないんだよ」
「知るかよ」
透明なそのドアが開いてしまってさすがに焦る。
「おにーさん、男はダメ?」
「・・・はぁ?」
すると、今度はさすがにこっちを向いた。
「はじめてでも大丈夫。オレ結構上手いんだ」
変わらず、ヘラリとそう言った。
こんなトコロに住んでるノンケのイケメンに、
小さなボストンバックを抱えた酔っ払いのオレが
いったいどう映るのか・・なんてこと、
考えてる余裕はまったくなかった。
「ねぇ。試してみない?」
「・・・ふぅ」
おにーさんは無言で腕を組んで、下を向くとわざとらしく大きく息を吐く。
うつむいたとき、黒くて艶のあるその髪が揺れるのを、
どうしてだか視線が逸らせなくて見つめていた。
ゆっくりと顔を上げたおにーさんは、
軽蔑の色を隠そうともしないで無言でこっちを見るから、
さすがにちょっと怖すぎて思わずごくりと唾を飲んだ。
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