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第9話 那津

「よくあるって・・だからそんなほせーんだよ」 どこか上からオレを見て、ため息交じりにそう言われると、 「おにーさんは鍛えてるって感じだね」 さりげなく二の腕を撫でる。 服の上からでも薄くキレイに筋肉がついてるのがわかって、 ジムとか行ってるの?と聞いた。 まぁなと答えるおにーさんになんとなく、 手を置いたままで視線をやれば、そのおっきな瞳と目が合う。 ・・・よく見なくてもやっぱりすげー二枚目・・・ さっき、風呂の上がりたてとはまた違う、 きっとドライヤーで乾かしたのだろう、 空気を含んだ柔らかそうにふわっとしてる前髪から、 こわいくらいにくっきり二重の大きな瞳が、 淡い光を伴ってこちらを覗いてる。 「・・ねぇ」 それは自分でもびっくりするほど甘い声だった。 いきなりその膨らみに触れたら驚かしてしまうから、 太もも辺りをできるだけエロく撫でるようにして、 ソファの上でオレはそちらに身体を擦り寄せる。 「・・っなんだよ」 すると、ちゃんとソウイウ雰囲気を感じ取ってくれたのか、 おにーさんは焦ったようにしながら全身を向こう側へ傾ける。 「いいじゃん、減るもんじゃないし」 「お前・・」 眉間にしわが寄って、 それはちょっと前、この部屋に上がり込む前にみた景色を思い起こさせた。 「ね?」 「ね?じゃねーよ。ってか減るんだよっこういうのは」 おにーさんは二の腕に置かれていた オレの手のひらを払うように腕を振り回すと、 顔を背けてゴクゴクっとビールを飲む。 その横顔すら綺麗だなと思った。 まるで中学生みたいなことを言うおにーさんに、 オレは手を引くどころかますます触りたい衝動にかられた。 「でもお礼したい」 そんなことを言いながら、その整った顔に唇を近づければ 「ふざけんなっマジでやめろ」 おにーさんは飲んでいた缶ビールをオレの顔面に押し当てて、 そのまま缶ごとぐいっとオレを押しのけた。 「ちょっ・・ひどっ」 冷たい缶ビールの水滴が顔について、 おまけに跳ねたビールが顔と髪に少しかかってしまった。 「風呂はいったばっかなのにっ」 「お前がバカすぎるんだろ」 なぜだろう? この男に断られると妙にやる気が湧いてくる。 懲りずにもっとグイっと身体を押し付けた。 「お願い。させて? 男ってのがいやなら目ぇ閉じてていいから」 部屋にはもう泊っていいって言われてる。 だから無理にスる必要なんてない。 いつもならありがたくタダ寝させてもらうところを、 オレはなぜか前のめりで迫る。 「きっと気持ちよくするから・・・」 ノンケ相手でも、相手が男が初めてでも、 気持ちよくしてあげられる自信はある。 まるで相手が、 自分が上手いのかと思わせるようにリードしてあげられるし、 そうして、自分は感じやすいカラダだともよく言われる。 オレってそっちの才能はかなりある方らしいのだ。 抵抗するおにーさんにゆっくり迫れば・・・ 「マジで怒るぞ」 もうちょっとで唇が触れるってとこで、 超絶強いヒカリと共にギロリと睨まれて、 いままでで一番、低い声で言われた。 「・・・ごめんなさい」 思わず謝った。 どうしても男がダメだってヒトもいることをようやく思い出す。 というか、そういう男の方が世の中の全体人口は多いんだった。 そんな初歩的な事を忘れるなんて、 オレはまだ酔ってるのかもしれない。 すると、おにーさんは指先でポリっと首元をかいてため息をつく。 「まぁとにかく、欲求不満を俺に押し付けんな」 と、なぜか自分のほうが悪かったとでもいうように、 ばつが悪そうな顔をした。 間近でそんな顔を見つめて、オレん中のどっかに 何とも言えない気持ちが沸き起こる。 それはどう表現したらいいのかわからないナニカ。 それははじめての感じ。 だからよくわからないけど・・・ オレはこの人のことをもっと知りたいなぁなんて、そんな風に思う。 「やっぱ女がいい?」 「そういうことじゃねぇ」 「じゃあどういうこと?」 もと居た場所に座りなおして、ビールを流し込む。 「男とか女とかの前に、 知り合ったばっかのヤツとそんなことはしねぇの」 なるほど、そうなのか・・・と思って、なぜだかホッとした。 「男としたことある?」 「はぁ?」 このヒトの、どこか人を見下すこのはぁ?がぜんぜんイヤじゃない。 「・・・あるの?」 念押しして聞いてみる。 「なんでそーなんだよ」 「それはしたことあるってこと?」 すると、今度ははぁ・・っとため息をついた。 そうして、そのため息もぜんぜんイヤな感じがしないのだった。 「バカか。そういう趣味はねぇって言っただろうが」 「つまり、やっぱ女がいい?」 「ってかお前、いったい何言ってんの?」 ・・・確かに。 オレはいったい、なにを言ってんだろう。 オレの顔をグイっとした缶ビールをそのまま飲むその姿に、 ・・・なんか・・・イケ散らかしてんなぁ・・・ オレはひどく好感を持った。

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