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第10話 友哉

週末の朝。 特に予定などなくとも、 仕事のある平日と同じ時間に起きるようにしているのは、 一日を無駄に過ごしたくないという自分の性分のせいだ。 他人からはよく、キッチリしていると言われるが、 これは褒めてもらっているだけではないことを、さすがにもう知っている。 だが誰にも見られていなくとも、 もうその癖のようなものは抜けない。 だから今朝のように、 前の日の晩に酒を飲みすぎた土曜の朝だとしでも、起きる時間は変わらない。 いつもより身体は怠いし瞼は重い。 おそらく浮腫んでいるのだということもわかりながらも、 アラームを止めると上半身を起こした。 喉が渇いていることを自覚しながら いつもと同じようにベッドルームを出れば、 まずはトイレに行って、手を洗って顔を洗ってうがいをする。 そして、リビングのドアを開けると、 いつもならそのままキッチンへ向かうその足で、 俺は見慣れたそのソファに近づいた。 「・・・」 すると、そこに寝ていると思っていたその男の姿が見当たらない。 その景色は想定外で、だから一瞬だけ、頭の中が混乱した。 だがすぐに、寝る間際に貸してやった掛け布団が ソファの上にちゃんと折りたたまれていることに気づいて、 無意識に人差し指で唇をなぞる。 知らずとため息に近い息が漏れた。 そのまま無言でキッチンに向かって歩いて、 いつもの朝のようにグラスに水を入れてそれを三口ほど一気に飲む。 すると、ようやくどこか落ち着いた気分になった。 ふっとシンクにひとつだけあるグラスに目が留まる。 それはまるで、 そのグラスはもうアイツのもので、 そうして、グラスはアイツに置いて行かれてしまった相棒かのように、 なんだかとても愁いを帯びて映るのだった。 昨晩の俺はめずらしく、いわゆる「悪酔い」をしていて、 明らかに言動がいつもの自分とは違っていた。 終電が行ってしまった、どこか焦燥感に駆られる真夜中の駅のホームで、 声をかけてきたのは俺よりずいぶん若く見える「男」だった。 ソイツは、帰るところがないのだと ・・・いや。 帰りたくないのだとそう言って、 まるで捨てられた子犬みたいに潤んだ瞳で俺を見上げた。 あんな風に膝を抱えて地べたに座って、 誰かが俺を見あげている・・・なんて経験は、 記憶の限りじゃあ昨晩のあれが初めてだった。 どんな事情があるのかはわからないにせよ、 家に帰りたくないのだと言う男に、昨日の俺はきっと同情した。 わかる・・と思ってしまった。 一度は無視したくせに、 その男の存在がどうにも気になってしまって 結局はこの部屋に招き入れてしまえば、 なんだかんだそのあとも世話をしてしまった。 名前も素性も知れない、初めて会った男を家に入れるなんて・・・ 昨日の俺は本気でどうかしていたのだ。 グラスを持ったままで たたまれた掛布団が置かれたソファをぼんやり眺める。 一晩だけといったのは俺の方だし、 ここを出ていくときに挨拶が無いからといって、 それはまぁ仕方のないことかもしれない。 ただ・・・ ーーおにーさん優しいねーー なんとなく。 挨拶もなしで出ていくようなヤツだとは思えなかったから、 この状態に少し違和感が残るのだった。 人を見る目はある方だと自負があって、 アイツはなんていうか、 そういう律義さみたいなものがあるような気がしたからだ。 それにたった一晩だとしても、ああして関わりを持ってしまえば、 朝、ソコにいると思っていた男がいないことに 多少の喪失を感じるのは、ヒトとして普通のことのような気がする。 独りモノには大きすぎるそのソファにゆっくりと座れば、 アイツがいたという痕跡は、 きちんと折りたたまれたその掛布団と あのグラスぐらいしかないなと思った。

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