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第12話 友哉
休日の・・土曜の朝。
「美味っ」
「良かった」
ハルサワナツと名乗ったソイツが作ったフレンチトーストは、
大して時間もかけなかったわりには思わず声が出てしまうほど美味かった。
フレンチトーストだけでなく、
切って盛っただけだというそのサラダも、
淹れてくれたいつものインスタントコーヒーも、
なんだかめちゃくちゃ美味い気がする。
「ってか飯っていつもどうしてんの?朝、食べないの?」
「外で食う」
「朝から外食?」
「朝から外食」
「毎日?」
「毎日」
「・・・そんな人いんだ」
オウム返しで答えれば、
本気で珍しそうにするその顔がなんだか可愛く見えた。
座って待っているよう言われた俺はいまだパジャマのままだったので、
着替えてしまおうとリビングを後にする際にふっと、
ソファの向こう側に、たいしてデカくないボストンバックが
そのまま置いてあったことにようやく気付いた。
一度感じてしまった喪失を、こんな形で埋められてしまえば当然に、
まるで「うちの」子犬が帰ってきてくれてよかったと、
無意識に安堵してしまっているのだった。
「トモヤってどんな字書くの?」
「友達の友に、裁判所の裁の字のコロモをクチに変えたヤツ」
サラダを口いっぱいに詰め込んだままで、
いつもの説明の仕方で伝える。
「あ~木村拓哉の哉ね」
そして、よく言われる聞きなれたその名前に頷いた。
「お前は?ナツってどう書く?」
「ナツはね~」
こういう字と言いながら、空中に指が動く。
それは自分が思っていたまんまの「那津」だったので、
ああやっぱりと思った。
「季節の夏と思った?」
「いや。思わなかった」
「え~そっか」
なぜか嬉しそうにそう言われて、その反応にコイツは自分の名前が
それなりに気に入っているのだなと思った。
素性を知らない、出会ったばかりのソイツとはなぜか話しやすい。
おまけにどこか面白い反応をするので、食事中、話題が切れることもない。
そうしてソイツは・・・那津は俺より一回りも年下で
「フリーターね」
仕事を聞くと、すぐさまフリーターだと返答があった。
「あ、バカにした」
「してねーし」
それは本心だった。
コーヒーを一口飲めばやっぱり、それは美味いと思った。
実際、フリーターだからどうのこうの、なんてことは思わない。
それも一つの立派な仕事だ。
おまけに
「やりたいことねーの?」
「ない」
あまりにすっぱりきっぱり言われて、それは逆に好印象だ。
「幻滅した?」
「いや」
これも本心だ。
俺も別段、どうしてもやりたくて今の仕事をしてるってわけじゃない。
ただ、俺には合ってるってだけだ。
「ともちゃんは何してんの?」
「銀行の営業」
「わぁすごい!だから金持ちなんだ」
金持ちという言葉にいささか引っ掛かりは感じるものの、
確かに実際、そのへんのサラリーマンよりは給料は良い。
「いまのご時世、仕事だけで金なんて残らねぇよ」
けれども実際、仕事だけでこんな暮らしができるわけでもない。
「じゃあなんかしてんの?」
「金融やってて投資やってねーやつなんていねぇの」
「そうなんだ~」
俺にとってまったく珍しい思考回路を持つ那津は、
逆に俺の方が珍しいのだと言わんばかりに感心する。
おまけに・・・
「・・んだよ」
やたらとニヤニヤとこちらを見ているので、ギロリと睨んでやった。
「ん~ともちゃんってかっこいいな~と思って」
そういえば忘れてたけど・・・
「お前って男が好きなの?」
オブラートに包まずに言ってしまえば
「あはっ直球だね」
那津は傷ついたそぶりを見せずに笑った。
「わりぃね」
「悪くないよ。そのとーりだし」
「へぇ」
言いながら、フレンチトーストをかじった。
昨晩と今。
大した時間は過ごしていなくても、
こうして普通に話してる分には今どきのそこらにいる若者って感じで、
コイツが男が好きだなんてことは
言われなかったらわかりはしないだろう。
まぁでも、いまはいろんなヤツがいるらしいから。
「気持ち悪い?」
「はぁ?なんで?」
妙なことを言うなと思った。
けれど、そういう発想をする輩がいてもおかしくもないのか・・とも思った。
「あはっ・・やっぱかっこいい」
「お前、なんも知りもしないでそういうこと言うな」
かなり呆れてそう言った。
「知ってるよ」
目が合うと、
髪色と同じ、濃い栗色のクリっとした目が、キラリと光った気がする。
「ココに住んでる銀行の営業マンで、オレより一回り年上で、
帰りたくないって言うオレを事情を聴かずに泊めてくれた」
那津は視線を真っすぐ合わせて
「優しいヒト」
どこか嬉しそうにハッキリと、そう言った。
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