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第13話 友哉

「意味わかんねぇ」 「意味はわかるでしょ」 頭の回転が速いのか遅いのかわからねぇなと思いながら、 黙ったまま那津を見る。 変なヤツ。 これは決して悪い意味ではなく。 「それより洗濯物溜まりすぎじゃない?」 いきなり話題が変わる。 それも、俺にとってはバツの悪い話題でちょっと焦った。 「悪かったな。今日やるんだよ」 「やっぱ彼女いないんだ」 「うるせーよ」 どうして洗濯と彼女ってのが結びつくのかはわからなかったが、 那津の言ってることは本当で、 彼女という存在にはしばらく縁遠くなっている。 「掃除もしてないでしょ」 「掃除も今日やるんだよ」 視線は勝手に外れてしまう。 実際は今日も、掃除も洗濯もやろうとは思ってはいなかったからだ。 ・・・しなければならないとは思ってはいても。 「良かったらオレがやってもいい?」 「え?」 また、クリっとしたその目がキラリと光った気がした。 正直少し迷った。 けれど一呼吸おいて、 「礼ならもらったよ」 残り少なくなったコーヒーの入るマグカップを上げて言った。 たった一晩泊めただけで、 いろいろやられる方がなんだか後が怖くて気が引けるし、 なにより出会ったばかりの輩に自分の下着を洗ってもらうなんて、 どう考えてもおかしなことだ。 「ん~お礼とかじゃなくてさ」 「じゃあなんだよ」 「実は家事全般、オレ結構好きなんだ。 この部屋いっけんキレイに見えて実はやりがいあるでしょ」 ニヤリと笑いながら言う那津に、俺はドキリとする。 そうして、 ありがたい ・・・と。 瞬間、思ってしまったのは果たしていけないことだろうか。 「付き合ってたヒト、キレイ好きでさ。オレの出番なしって感じだったんだ」 部屋を見渡すようにしながら那津は明らかにウキウキした感じだから、 そんな姿を見てしまったら、 やりたいと言ってるコイツにやってもらうことは 決しておかしなことなどではなく、 理にかなっているのではないだろうかと都合よく思考が働いてしまう。 「ともちゃん今日はお休みなんでしょ?ゆっくりしてて」 皿を持って立ち上がる那津に 「やらなくていい」 ・・・と・・・声をかけそびれた。 ーーー・・・ ダイニングテーブルの上でノートパソコンを広げると、 電子版の経済ニュースを開く。 新聞とネットニュースは必ず目を通すようにしていて、 それは休日でも変わらない自分のルーティーンだ。 一通り記事に目を通してから視線を上げるとそこにはリビングの端っこで、 積み上げられた本を手に取る那津がいる。 かがんだ後ろ姿からその表情はまったく見えないのに、 頭の上に、わかりやすく音符が見える程度には、 楽しそうにしているのが分かった。 昨日のことを思い出す。 それは那津に出会う前のこと。 仕事終わりの金曜の夜、 残業を早めに切り上げて向かった先は、 よく知ってる、高すぎず安すぎないフレンチレストランだった。 そこで俺は親が勝手に進めた見合い相手と2度目の形だけの食事をした。 そうしてその場で、頭を下げるとお付き合いを丁重に断った。 その帰りに実家によって、 いつものように親と一通り揉めた後、行きつけのバーに寄った。 親と揉めることも外で酒を飲むこともいつものことなのだが、 昨日はどうしても気持ちが立て直せなかった。 酒とは本来、ゆっくり味わいながら飲むものなのに、 昨晩の俺は明らかにペースが速くて飲みすぎていてもいた。 わかっていても出来ないこと、出来ない日ってのはあるものだ。 店を出ると、いつもならタクシーを捕まえるところをなんとなく、 どうしてだか電車に乗りたいと思ってふらりとそちらに足が向いた。 基本、移動は車かタクシーが多い。 改札を通るとホームにたどり着くことなく、 俺は終電が出てしまったことを理解した。 通り過ぎる人たちがあわただしく、 隣を必死で走っていた理由がわかった瞬間だ。 ーーおにーさんも終電逃した?ーー 那津に声をかけられたとき、なぜだか俺はどこかホッとしていた。 いま思えば俺は昨晩、誰かといたかったのかもしれない。 というかおそらく、人混みに紛れたかった。 少しの間、ひとりで居たくなかったのだ。 この1年ほど、決まった相手がいない俺に 両親はここぞとばかりに見合いを進めてくる。 俺が女性と距離を置いてる理由を聞くこともせずに。

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